問うに落ちず語るに落ちる

 

 

ナミは決してお節介ではない。
頼られれば応えるが、基本的に自分の事は自分で解決すればいいと思っている。少なくとも、助けを求められてもいないのに安易にしゃしゃり出るのは、余計なお世話以外の何物でもなく、誰にとってもよい結果をもたらさないということくらい知っている。

しかし、どうしても見過ごせない場合というのもあるものだ。 

例えば、通っている高校のクラスメイトの二人。
ことあるごと角突き合わせて、手が出て足が出て口が出て、喧嘩、悶着、トラブル、ごたごた。仲が悪く、互いに相手が嫌いであれば問題は実に簡単であるはずだ。距離をおけばいい。しかし、そうじゃないから厄介だ。

だって、どう見ても、あのいざこざは『男子が好きな子をいじめる』の図。お互いがお互いを意識しまくっている。両想いだろうがよ!と言ってやりたい。二人に自覚がないのか、それとも自分の気持ちを隠したいのか定かでないが、はっきり言ってバレバレなんである。目障りなんである。鬱陶しいんである。それなのに、コクりもしなければ付き合いもしない。実にじれったい。じれったいを通り越してイラつく。

これ以上、見ぬふりを続けるのは精神がもたない。ナミは人道的介入を試みることにした。

当事者の一人、サンジに尋ねる。
「サンジくん、ゾロの事、本当は好きなんでしょ」
単刀直入。ストレート。剛速球ど真ん中。
「えええ、何言ってんのナミさん」
サンジはとりあえず否定した。バレてないと思ってるのかしら?
「見れば分かるわよ」
「分かってないよ、ナミさん。やだな、おれ、レディが好きなんだよ」
「好きなのは女の子で、愛してるのがゾロなのね?」
「愛っ……えええ?あれは藻だよ。人類でもないよ。そんなの、人間様であるおれが気にすんのはオカシイっつーか、歯牙にもかけないっつーか、眼中にないっつーか……まあ、視界にはよく入って来るけど」
視界によく入るのは、よく見てるからです。あるいは、アッチが視界に入ろうと寄って来るからです。
「わかったわ。あくまでもシラを切るのね」
「シラを切るもなにもないよ。おれの心はナミさんへの愛でいっぱいだー!」
「ハイハイ、わかったわかった、ありがとありがと」

鬱陶しい状況を一刻も早く解決しようという焦りから、ついつい拙速なアプローチとなってしまったことをナミは悔いた。真正面から聞いたらサンジくんは認めないことは分かっていたのに。失敗だ。不意うちをすれば、本音をもらしてくれるんじゃないかという微かな期待をしたんだけど。仕方ない、次へいこう。

当事者のもう一人、ゾロに訊く。
「ゾロ、あんたサンジくんのこと、どう思ってるの?」
「うるさいマユゲ」
身も蓋もない返答だが、これしきのことは想定内だ。冷静に切りかえす。
「分かったわ。じゃあ、質問を変えます。サンジくんのこと、どうしたいの」
「したいことはたくさんあるが、どうにもならねえから、どうもしねえ」
たくさんあるというゾロの「したいこと」が気になるが、話が脱線しそうなのでとりあえず捨て置くことにして先へ進む。
「どうもしなかったらこのままよ、それでいいの?」
質問しながら、ゾロには自覚があるんだなあとナミは思った。サンジくんと違ってナミの問いに答えをはぐらかしたりはしてない。ゾロ方面から解決が図れそうな希望が持てる。

「だから、どうにもならねえだろ、あんなヤツ」
「どうにかすんのがアンタじゃないの?」
ナミが食い下がると、ゾロは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「どうにか出来るならそうしてる」
「そうすればいいじゃない」
「できるかよ、ありゃあ根っからの女好きで、男なんだぞ。ヒトの顔見りゃ喧嘩をふっかけてきやがるし、おれがどうにかできる余地なんざねえじゃねえか」
「そんなの努力してから言いなさいよ。あんた、自分の気持ちに自覚があるくせに何も行動してないじゃないの」
「行動してないって言うけどな。いまのおれに出来る唯一の行動は、アイツが売って来る喧嘩をもれなく買うのと、アイツにちょっかい出すことだけじゃねえか。ちゃんとやってるぞ」
「バッカじゃないの?!」
呆れる。そんなことで気持ちが通じるとでも思ってるのかしら。

「好きなら気持ちを伝えなさいよ。まずはそこがスタートでしょ」
「出来るか!キョヒられたらどうすんだ。喧嘩もできなくなっちまうんだぞ」

 

『キョヒられたらどうすんだ?!』ってゾロのくせに、何、乙女みたいなこと言ってんの?!

 

という言葉がナミの口から出かかった。なぜか「笑止千万」という四文字熟語も頭に浮かぶ。しかし、迂闊な事を言ってへそを曲げられたら事態は進展しない。ナミはあえて真面目な表情を作った。
「コクってダメだとしても、クラスメイトには変わらないでしょ?!つべこべ言わずに男なら、バシッと言ってきっちり玉砕してきなさいよ!」
両想いだから大丈夫と言いたいところだけれど、ナミがここで言うのはフェアじゃないから、そんなことはしない。
「玉砕前提かよ……」
「ダメ元で頑張るのよ」
「ダメ前提かよ……」
「当たって砕ける気持ちで言ってきなさいよ」
「砕けるの前提かよ……」
発破をかけるつもりで言ってあげた言葉をことごとく否定され、ナミの堪忍袋の緒が切れた。
「あああ!もうっ!モタモタしてんじゃないわよ!いいからとっととコクハクしなさい!」

 

ゾロがこんな女々しく意気地のないことを口にする男とは思わなかった。
恋する女は綺麗だけど、恋する男は情けないということかしら。
……でもまあ、普段は不遜な男も、誰かを好きになるともだもだしちゃうものなのね。人並みに可愛いと言えなくもないかも。


そんなことを思いながら、ナミは有無を言わせぬ剣幕でゾロをぐいぐいと引きずって、空き教室に放り込んだ。それからすかさずサンジを呼び出す。教室に入るまでは心が決まらずにいたゾロも、ナミがサンジに連絡をとった辺りでは腹を括っていた。ひとたび覚悟をすれば、ゾロのことだ。迷わずにナミの示す方向へ進むだろう。

ナミからの連絡にすっ飛んできたサンジは、そこにゾロもいるのを見て怪訝な顔をした。

「あのね、ゾロがサンジくんに言いたいことがあるんだって」
ここまでお膳立てしてやるのもお節介が過ぎると思うが、乗りかかった船。方向くらいは示してやらねば。
「おれに?ゾロが?なんだよ?」
「あー……」
ゾロの視線があちこちを彷徨う。それからナミを振り返った。
「……ナミ、おまえどこか行け」
「なんでよ?」
「なんでも何もねぇだろ!今からコイツに好きだって告白すんだぞ。そんな場面を、どうしてオマエに見せなきゃなんねんだ。こういうのは部外者は遠慮するもんだろ。気つかえよ!」

 

 

…………。

…………。

 

 

「あー……、うん、そうね。そうよねぇ。ホント、私ったら気が利かなくて申し訳なかったわー」
ナミは棒読みで言った。ゾロは自分が何を言ったのか分かってるのだろうか。ちらりとサンジを見やれば、真っ赤になった顔で大きく口を開けたマヌケ顔だ。サンジくんはゾロが何を言ったのか分かったらしい。まったく、世話の焼けるクラスメイトだこと。

「でもね、証人がいたほうが、ゾロ、アンタのためなんじゃない?」
「証人?」
「ほら、結婚式でも立合人っていうの?証人が必要じゃない?せっかくの告白、なかったことにされちゃったりとか、聞こえなかったふりされちゃったりとかしないように、立ち会ってあげるのもいいかなー、なんて。どう?」
「いや、いらねえ。大事なことだから二人っきりがいい」
「あら、そう?そういうなら私は退散しようかなー。じゃあねサンジくん。聞こえないフリとかシラをきるとか、そういうのはナシね」
「なななナミさん、行かないで!マリモと二人きりにしないでー!」
「私がいたら出来ない大事な話なんですって。聞いてあげなさいよ」
「ナミさーん……」
「それともサンジくんは、ゾロがこれからする大事な話に証人が必要だと思ってるの?」
「えっ。いや、そんな、そんなこと、ナミさんに見られたら死ぬ」
「でしょう?私も見たくないわ。じゃあね」

 

「ナミさーーん……」というか細い声と「ナミナミ言ってるんじゃねぇ。目の前のおれを見やがれ」という不穏な言葉を言う不機嫌な声が、閉めたドアの向こうから聞こえてきたけれど無視することにした。

 

さあ、仕切り直して最初から告白をどうぞ。

 

ナミはほくそ笑んだ。

これで日々「はやく付き合っちゃいなさいよ!」というじれったい思いから逃れられるだろう。お節介も悪くない。
しかし、今度は「いちゃつくのはやめなさいよ!」という鬱陶しい思いを日々味わうようになることをナミはまだ気づいていなかった。

 

 

 end