ただ一つだけ

 

 

―― 知ってっか、サンジ。

オトナの男の最高の楽しみは三つだ。前の一杯、後の一服。

おっと。二つしかねえじゃねえかなんて無粋なこたァ言うなよ。この言葉の中にゃ、ちゃあんと3つ、隠れてるからな。ナニ?分からねえだと?カーッ、仕方ねえな。大ヒントだ。もう一度言ってやる。

オトナの男にとっての楽しみには3つだ。事前の一杯、事後の一服。

お、ようやく分かったか。当然だろ?前菜、メイン、デザートだ。メインは肉に決まってっだろが。いちいち言うのは野暮ってもんだ。

ハハハ。せいぜい頑張れよ。

 

 

祖父のレストランでしばらくの間働いていた、ちょっとワルで、でも気のいいコックは、まだ中学生になりたてのサンジに、にやりと笑いながら教えてくれた。オトナの男の極意を教わったようで胸が躍った。艶事をほのめかす言い方も洒落ていて気に入った。

オトナの男たるもの酒と煙草をスマートに嗜まなければならない。

そう思ったから、練習と称して隠れて煙草を吸い始め、こっそりと酒を飲むようになった。すぐに祖父であるゼフに見つかって大目玉を食らったが、見つからないように気を遣いこそすれ、サンジは喫煙と飲酒を断固として止めなかった。早く大人の男になりたかった。

 

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 ベッドサイドに置いてある煙草のパッケージに気怠い様子で手を伸ばし、サンジは身にしみついた仕草でゆっくりと火をつけた。 

煙を深く吸い込んで長く吐き出す。くたくたに疲れた体とぼうっとした頭に血が通って生き返る気がする。一日に何本も吸う煙草のなかでも、あるいは様々な場面で吸う煙草の中でもこの一本は確かに至福だ。

満ち足りた気持ちで吸う事後の一服。 

これが、男の三つめの楽しみ。 

煙草を吸うきっかけとなった話を思い出してサンジは口元を緩めた。 

―― デザートにしちゃ、甘くねェけどな。でもって、メインを食うんじゃなくて、食われるってのは計算違いだけどな。

 

煙草を咥えたまま視線を横に向ければ、さきほどまでサンジを求めていた緑色の髪の男が裸の上半身を晒してうつぶせで寝ている。筋肉のついた広い背中は、ひいき目で見なくとも惚れ惚れするような見事な造形で、サンジは思わず手を伸ばした。肩甲骨あたりに見える赤い跡はおそらくサンジがつけてしまったもので、跡をたどって指先でなぞると、寝ていたはずの男は目を覚ました。 

「もの足りねェのか」
「アホ、もう十分だ。デザートまで終わったしよ」

サンジは灰皿で煙草をもみ消すと、傍らの男の髪の毛をまさぐった。 

「デザート?」
頭をサンジの好きにさせながら不服と怪訝の入り混じった顔をする男に、サンジはかつて聞いた三つの楽しみの話を教えてやった。

 

「……だからな、ゾロ、てめェは煙草を吸わねェから、三つの楽しみを知らねぇカワイソウな男ってわけだ」
「楽しみは三つもいらねェよ」
「マリモは事前の一杯、事後の一杯だもんなあ。楽しみは二つだけだな」
「違ェ」 

ゾロはからかうサンジの上にのっそりとのしかかった。何すんだよ、と慌てるサンジを軽くいなして鼻先が触れ合う距離で言う。

「事前のてめェ、最中のてめェ、事後もてめェ」
「は?」 

予想外の返答にびっくりして目を見開いたサンジにゾロは口づけた。あっけにとられたサンジは口も開いていたから、ゾロの熱い舌は易々とサンジの煙草の苦味の残る口内に進入した。事後の一服の名残を味わっていると、動きの鈍かったサンジも負けじと応えだし、互いの舌先でむつみ合う。もう十分と言っていたサンジの腕がゾロの背中に回るころには、素肌を合わせる触覚と絡み合う粘膜がもたらす感覚に何もかもを忘れて溺れた。

楽しみはただ一つだけ。

 

 

 end