ひとつ傘の下

【登校】

 

駅から学校へはゆるい上り坂を歩くこと15分。 

ロロノア・ゾロは駅前のベンチで毎朝クラスメイトを待っている。
電車が到着するごとに駅から大量の人が吐き出される。きらきらしているものを探しながら人波をやりすごす。発見できなければ次の電車を待つ。再度、人波。いない。また次の電車。いた!思わず立ち上がる。改札口からきらきらが表れた。姿を認め、さりげなく近づく。
ゾロの朝のお楽しみ時間の始まりだ。これがあるから寝坊もしない。道にも迷わない。
「よお」
きらきらに声をかける。
「はよっす」
返事が返ってくる。よし!ゾロは内心ガッツポーズする。外見上、なんら表情の変化がないので誰が見てもまるで分からないが、今ゾロはかなり嬉しい。嬉しさを腹の底に押し込めて、並んで学校へと続く道へ足を向ける。駅で出くわした二人が一緒に登校するのは非常に自然なことだ、とゾロは思う。待ち合わせなどできないので待ち伏せしているわけだが多分これも自然の範囲内のはずだ。

朝八時とはいえ夏の日差しは既に厳しい。
「あちー」
5分も歩かないうちにきらきらが弱音を吐く。きらきらしているのは暑さに弱い。色素が薄いせいだろう。白い肌がほんのりと上気する。汗で濡れた髪の毛が首筋にまとわりつく。素晴らしい光景だ。ガン見に値する。もっと見ていたい。しかし暑さのために辛そうにしている姿はかわいそうだ。苦しさは取り除いてやりたい。それにせっかくの白い肌が赤く日焼けしたり、染みやそばかすが出るようなことになったら…。防ぐべし。ゾロはいつも担いでいる竹刀袋からごそごそと日傘を取り出した。それを広げてきらきらに差し掛ける。傘の作る影がきらきらを覆う。きらきらの青い目がゾロを見る。

「そんなもんいらねーって何度も言ってんだろが!クソったれが!」

いきなり怒鳴られる。こんなことくらいどうってことない。罵倒も良し。
ぐい、ときらきらの手がゾロを邪険に押しのける。ボディタッチ!邪険もまた良し。
このきらきらは言いたいことを好き勝手に言うところと予測不能の自由な行動が取柄なのだ。聞こえないフリで構わず傘をさしてやる。
「あんだよ、いらねーって言ってんのに……」
ブツブツと言う文句が、直射日光がさえぎられた日陰の快適さに負けて、小さくなって消えていく。結局そうなのだ。ゾロがきらきらにしてあげることで文句を言われないことはない。しかし完全に拒絶されることもない。拒まれない。それはとても重要なことだ。

ゾロはきらきらに日傘を差し掛けながら歩く。自分は暑さには強いから日傘なぞ必要ない。きらきらだけを凶悪な日差しから守れれば良い。
しかし。
「おまえさあ、汗ダラダラかいてんじゃねえよ、みっともねえ」
きらきらが、さも嫌そうにゾロへ言う。緩い傾斜とはいえ上り坂だ。しかも夏。汗をかかない方がおかしい。涙や鼻水やその他モロモロ、自分の身体から排出される液体はある程度までは意思で制御できるが、汗は無理だ。どうすればよいだろうかとゾロは一瞬考える。

「あのさァ」
きらきらはゾロを見ないで言う。よほど暑いのだろう。横顔が赤い。
「傘入れば?もともとはおまえのモノなんだしよ」
カサハイレバー?
「え?」
言葉がよく聞き取れなかったので聞き返す。
「入っていいぞっつってんだ」
ちょっと早口で答えるきらきらの頬がますます赤い。
「入っていい?どこに?」
「傘の下だ!何回も言わすんじゃねえ!」
入っていいと言っておきながら、きらきらはゾロを蹴り飛ばした。
「ぐふっ」
油断していたせいでゾロは吹っ飛んだ。きらきらの蹴りは強烈なのだ。はずみで日傘を手放してしまう。しまった!きらきらが紫外線に冒されてしまう!ゾロは慌てて傘を拾うと、きらきらを傘の陰の下に入れ自分もその横に納まった。

「いいかァ?」
先程より近くなった位置からきらきらが口を開くのを見ることになる。
「間違うなよ。おれは暑さを凌ぎたい、おまえはその見苦しい汗まみれの姿を少しは和らげたい。たまたま目的が一致したからこうしているだけだからな」
「たまたま?」
「そうだ。偶然、図らずも、意図せずに、だ」
「この相合傘が?」
「言うな!」
再度、ゾロに蹴りが入る。いい蹴りだ。しかし同じ失態を繰り返してはならない。ゾロは傘の柄を握りしめて耐えた。
「ちッ」
舌打ちが聞こえたが、傘の下から追い出されはしなかった。

それはやっぱりゾロには大切なことだ。何となれば、ゾロはこのきらきらしたクラスメイトがとても気になるし、たいそう気に入っているからだ。できたらもっと近くに寄ってみたいし触ってもみたい。しかしそんな事をしたらヘンタイの烙印を押され、きらきらに拒まれるかもしれない。それは避けたい。相手の事を思えば思うほど自分の気持ちをどう表したらいいのか分からないので、とりあえずこうして一緒にいる時間を作って何くれとなく気遣ってみたりちょっかいを出してみたりしている。

男二人で一本の傘の下は非常に狭苦しく快適とは言えない。この気温の高い中、光景的にもアツイのかサムイのかもよく分からない。しかしゾロこの上なく嬉しい。暑さに弱いきらきらには申し訳ないが夏ってのはいい季節だと思う。

学校の敷地が見えてきた辺りで、後ろから「おはよう!」と明るい声をかけられた。
「ああっ、ナミさん今日もお美しい!」
声が聞こえた瞬間、きらきらは日傘から飛び出ると芝居がかった口調と態度で盛大に朝の挨拶を始めた。こうなるときらきらはもうゾロの事など眼中にない。ゾロのお楽しみ時間は終了だ。

毎日こうして一緒に登校する15分間でゾロは一日分のやる気を充填する。きらきらがいなければ学校生活は味気なく精彩を欠いたものになっていただろう。このたった15分間がゾロにとってどんなに貴重なのか、貴重な時間をもたらすクラスメイトがゾロにとってどれほど大切なのか、本人に伝えたいと思う。ただどうやって伝えればいいのかゾロにはまるで分らない。