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 船べりはボーダーだ。

 生の世界と死の世界の境界線。こちら側とあちら側。
 船上にいれば生は保たれる。船べりを超えて海へ落ちれば死はまぬがれない。
 船長のような能力者にとっては言わずもがな、どんなに泳ぎの達者な人間でさえ、それは同じことだ。
 たとえどれほど海が美しく豊かであったとしても、夢の海へと続いていたとしても、命を奪う恐ろしさを秘めていることは真実なのだ。
 人は海と生きることはできても、海の中では生きられないのだから。
 
 それなのに、焦がれるように海を見つめる男がいる。
 羊頭の船の料理人は、海の怖さも残酷さも誰よりも一番よく知っているはずなのに海を恋い慕い、傍にいる。
 
 いつも、手すりにもたれ、海を見ながら煙草をふかしている。
 船べりを好むのは無意識か。
 
 少し背をまるめ普段の騒々しさからはまるでかけはなれた静かなたたずまいで。
 その生と死のあわいで。
 
 きまぐれに喫煙しているようにみえるのに、喪服のような黒いスーツの後姿から立ち上る煙は、まるで失くしたものへの弔いのように、あるいは亡くなったものを悼むかのように空へと消えてゆく。
 
 船長や剣士が、道を開き未来をつかむためにぶっ飛ばし斬り捨てていったものを、最後まで見送っているのだ。この境界線の上で。
 
 だから時々、剣士は料理人を船べりから引きはがしたくなる。 
 腹がたつからだ。
 海に魅入られているからだ。
 生への執着は誰よりもあるくせに、こうやって死に一番近い場所にいたがるからだ。
 仲間のだれもが、この船の行く先を、はるかかなたを見つめているのに、前に進むために振り切って、切り捨ててしまった何かに思いを寄せ続けているからだ。
 それが身勝手な嫉妬だと知っていても、料理人が思いを寄せて焦がれるものがあることに、どうしようもなく苛立つからだ。
 
 剣士はしばしば力づくで、境界線から料理人をひっぺがし、自分の間合いに引きずり込む。
 
 お前のいる場所はここだ。
 船べりの内側。生の世界。
 剣士の隣。
 

 

 
end