cook

 

料理人という輩は、舌を肥やすために身体も肥えましたと言わんばかりの体型で、そのまんまでも十分食えるような食べ物をわざわざこねくり回して味を変えて、よく分からないことをありがたがったりする、ろくでもねえ奇天烈な人種だ。

この船にコックが乗ってくるまで、おれはそういう認識だった。

まァ、うちのコックだって、ろくでなしのキテレツには違いねぇ。
なんせ、あのマユゲだ。あんなのは見たことも聞いたこともねえ。あまりにも珍しくて一体全体あれがどんなになってんのか気になって仕方ねえ。つい、じィっと見ちまうのは人間のサガってもんだ。…ってそうじゃねえ、ハナシがそれた。

アホコックのことだ。

おれの疑問は、だ。
ありゃあ、料理人を名乗っちゃいるが、でもってこの船の奴らも料理人だと認めているが、ホントにそれが正しいのかってことだ。おれが知っている料理人とはあまりにも違う。

役割から考えれば、「料理するから料理人」。これは正しい。
ルフィは船の長だから船長で、魔女は航海を司る航海士、ナガッパナは的を狙い撃つから狙撃手だ。トナカイは医術を操るから医者、暗黒女は古いものを研究するから考古学者、おれは剣をふるうから剣士。そう考えれば何の問題もない。問題は何もないんだが、ただ、あのアホを見ていると「料理をするから料理人」ってのに、しっくりこないことがある。

この収まりの悪さがどうにもこうにも気になって、折々にあのアホを観察するようになった。
観察ってこたァ、見るってことだ。今までおれがアホコックを見るっつったらマユゲの巻き具合だけだったが、剣の型を見て盗むように、あるいは敵の攻撃を見切るがごとく、全体を見るハメになったってわけだ。で、見てるうちに、このアホは実にどうしようもねえアホだということがひしひしと分かってきた。

例えばだ。
とんでもねえ女好きで女尊男卑だってのは見なくてもわかってたことだったが、見てるうちにそんなのは口ほどにもねえってことに気付く。甘ったるい言葉とぐねった態度で女どもに傅いて、媚へつらっちゃいるが、それだけだ。女好きっつってる割には手も握らねえしコトにも及ばねえ。一方で、ヤロウなんて生きる価値無しと言って憚らないくせに、男どもに対しても何くれとなく世話を焼いて助けてまわる。このアホの年少組に対する甘やかしっぷりには恐れ入る。おれは甘やかされたこたァねえ…ってか、そんなことされたいわけじゃねえが、投げつけられる酷い言葉とは全く裏腹の気遣いを与えられることが度々あって複雑な気分になる。ヤツのその計らいが、おれにはあまりにも分かりにくすぎるからだ。その場ですぐさまハッキリと分かるような配慮だったら場も収まるし礼も言えるのに、照れなのかプライドなのか巻いてるせいなのか、数日たたねえと分からねえような奥ゆかしすぎる気遣いをされても、どうしようもねえじゃねえか。言っとくが、おれが鈍いってことじゃねえぞ?

…とにかく。
言ってることとやってることが違いすぎる。あのうるせえ男がぺらぺら喋る言葉を真に受けていたらバカをみる。言ったことを違えちゃならねえってことが身についているおれにしてみりゃ、あのアホの言動の不一致は実に許しがたい。言っておいて違うことをするのは、人を騙してるっつーことじゃねえか。おれはぜってえ、このバカの言う言葉にゃ騙されねえぞ、と何がホントで何が嘘かを見極めるためにも前にも増して見張るようになり、その結果、おれはますますもって、この足癖の悪いマユゲのアホさ加減に頭を抱えたくなるような気持ちになった。

やることなすこと全て、頭がいいんだか悪いんだかわかりゃしねえ。
先まで読んで計算した言動をするくせに、打算的なところはねえから、最後は自分が損する役回りで、それなのに嬉しそうに笑ってる。自分の持ってるものを何でも気前よく他人に与えちまう。でも、本人が何もかも満ち足りてて余ってるってわけじゃねえ。いっつもどこかモノ足りねえって飢えたようなツラをしてる。短気で喧嘩っぱやくて喜怒哀楽が激しくて、感情がすぐに顔に出るくせに、本音なんてちっともわからない。

おれが、これだけ見てるのに、しかも裏表だってないくせに、どんなに観察してても何一つ分かった気になりゃしねえ。一筋縄でいかない、食えねえ男だ。

それでも、ただ一つ。
料理に対してだけは偽りがねえ、ということは分かった。

料理にかかわること。作ること、食べさせること。その事に対してはいつだって真剣で真摯で、ふざけたマネはしなかった。

そこで、ようやく気が付いた。
こいつ、料理することが好きで料理してるんじゃねえ。食わせることが好きで料理してんだ。

最初に感じてた収まりの悪さってのは、これだ。

おれは自分の発見にちょいとだけ気分が良くなった。

この船に乗ってるやつら全員、コックは料理が好きだと思ってる。料理することが好きで自分の作ったモンを美味しいと言って食べてもらって喜んでいると思ってる。

そうじゃねえよ。
あのアホは食べさせたいだけだ。人に食わせてえから料理しているだけだ。順番が違う。

この男は、たとえ食材が何一つなくなっても、料理のために大事にしている手がもしもイカレちまっても、きっと料理人なんだろう。誰かに食べさせたい、その気持ちだけで料理人であり続けるんだろう。

「作りたい」と「食わせたい」とどっちか選べといったらきっと、後者を選ぶに違いない。料理を作るから料理人のくせに、料理よりも上に来るものがあるなんて、このアホ眉らしい矛盾だ。

おれは、この秘密めいたささやかな発見を誰にも言わなかった。やっとのことで見つけたことを誰かにしゃべっちまうのは勿体ねえ気がしたし、まァ、ここぞって時に使ってやろうと思っていたのだ。 

尤も、よくよく考えたら、そんな他愛もないこと、秘密でも弱点でもありゃしねえ。ましてやここぞって時なァ一体いつだってハナシだ。

 

ところが、世の中ってのは分からねえもんだ。

 

女どもと年少組は夜更かししない。コックは後片付けだ明日の準備だ、その他細々したことをやっていて結構宵っ張りだ。おれは、もともと寝るのは遅い方だから、皆が寝た後、残された俺たちが二人で酒を飲んだり、話をしたりなんてのは、自然な流れだ。もちろん、和やかにご歓談なんてことは一度たりともしたこたァねえが。それでも二人で同じ空間にいて、気づまりなことはなかったし、飲んで、くだらないことを(主にコックが一方的に)喋って、どつきあって、というおれたちなりの調和は保たれていて、居心地は悪くなかった。

その日もコックは喋っていた。
酒はたいして飲んでなかったと思うが、常々半分酔っぱらったようなたわ言を言う男なので、テキトウに聞き流しながらおれは勝手に酒をあおっていた。目の前のラウンジのテーブルには、コックの作った酒がすすむツマミもあって、おれも悪い気分じゃあなかった。コックはいつものごとく、この船に乗る魔女二人を褒め称えては

「おれはナミさんのしもべでロビンちゃんのとりこー」

と、妙な音程で歌うように喋っていた。ほんとうにアホでどうしようもねえ。それでも、このコックが仲間になったばかりの頃に感じたイラつくような「どうしようもねえ」じゃなくて、しょーがねえなこいつバカだし、と達観するような気分になってる辺り、慣れってのはオソロシイと思う。

「おれは恋の奴隷だからなー、お二人のためなら何だってして差し上げるぜー。マリモは剣に生きる無粋な男だが、おれは料理と恋に生きる粋な男ってわけだー」

ぶっ壊れたトーンダイアルのように繰り返しそんな事ばかり言っている。いつもと同じ益体もないハナシだが、『料理と恋に生きる男』と言ったのを聞いて、おれは例のアレを持ち出してみようとふと思った。

―― 料理って言っちゃあいるが、てめぇにとって大事なのは料理することより食わせることの方だろ。ってことは、料理と恋じゃねえだろが。

そう言うつもりで、べらべらと喋る言葉をぶった切るように口をはさんだ。

「『料理と恋』だあ?」
おれが何か言うとは思ってもいなかったのだろう。コックはびっくりしたような顔でこちらを向いた。
「なな、なんだよ」
「おまえの頭ん中はそれだけか?」
「おれの頭は、ナミさん、ロビンちゃん、世界中のレディ達、それから料理、以上だ」

早口でコックはまくしたてた。騙されねえぞ。
「それがてめぇの好きなものってわけか」
「おう」

なんだってこいつは、食わせる事の方が好きだってことを隠しやがる。人に知られたくないのか?

「もっとほかに好きなものがあんじゃねえのか」
おれの言葉を聞いた途端、コックはぎくりと身をすくませた。図星だ。
「な、何言ってんだ、てめぇ」
「ナミとロビンと世界中のレディとやらと料理、それよりももっと大事にしているものがあんだろが」
「えっ」
本心を隠すのが上手い男が、妙に素のまんまでうろたえる姿に愉快な気持ちになる。

食わせることの方が料理するより好きだって事が、そんなにも秘密なのかが不明だが、このアホなりの何か譲れないものがあるんだろう。とはいえ、こんな面白い機会はめったにない。おれはここぞとばかりに間合いを詰めて攻勢に出ることにした。

「おれは知ってるぞ」
立ち上がって、てめえのことは分かってるぞという自信満々の表情で告げながら、コックの方へ歩み寄る。コックがおたおたしながらも逃げようと立ち上がった拍子にガタンと椅子を倒した音が部屋に響く。

「もったいぶらずに言えよ」
おれが一歩すすむごとにコックが一歩下がり、気付いたら壁際だ。ざまあみろ。もう逃げ場はねえぞ。おれは、当初の目的を達成することだけを考えていて、コックを壁際に追い込んだ状態が、若干オカシな態勢となっていることに気付いていなかった。

ただ、なんでか知らねえが、目の前にあるコックの色白の皮膚にかああッと赤みが差してくるのをみたらもっと追い詰めたいような、追い詰めるのが可哀想な、真逆の気持ちがいっぺんにこみ上げて、頭の片隅でなんとなくヤバイなとは思った。でもここまで追い込んでいて、やーめたってのァありえねえだろ?仕方が無いから色づいたコックのほっぺたに手を添えた。いや、深い意味はねえ。こんなに赤いってこたァ、一体何度くらいあるもんかと温度を確かめたかっただけだ。それがまた、どういうわけだか、思いのほかしっとりといい感じの手ざわりで、見た目に反して熱くねえ。つーか、熱いんだが、アチっと手を離しちまうような熱じゃなくて、放しがたいような絶妙な温度というか。不思議なもんだと思ってなでてみたら、耳までぶわっと赤くなった。
へー、こりゃあ面白えや、と手を耳へ移動させる。あーやっぱり耳たぶはひんやりとしてんなー、と耳をいじくりながら思ってふと見たら、いつもは三白眼でひとを睨んでばかりいる男の目が、こぼれんばかりにまんまるに見開かれているのを発見した。青い虹彩がえらく澄んだ色をしてるのを見て、キレイなもんだなあ、まだ知らねえことばっかだなあと思い、もっと色々知りたいという欲が沸いて出た。…探究心にちがいねえ。

「なあ、おまえ、好きなんだろ」
―― 食わせるのが。

距離がないから大声を出す必要もない。囁くような声で言うと、コックは観念したかのようにギュッと目をつぶった。せっかくの青が隠れちまった勿体ねえ、とそのことに気を取られて、最後まで声に出したか定かでねえが、たいしたこっちゃねえだろう。
それよりも、伏せた睫毛がふるっと震えたのを至近距離で見て、何かもうどうしようもない気持ちになり。

「食わせろよ」
自分でも思ってもみなかったセリフがするりと口から出た。言った後で、この男に拒絶されたらショックだろうなと柄にもなく怖ろしい気がしたから、返事は待たずに食らいついた。

 

そうやっておれは、ここぞって機会を最大限に生かし、探究心を目一杯発揮させて、食えねえ男を余さず食った。

有り難いことに、こんなにも丸々全部食っちまうことを許されるのはおれだけで、アホコック食えねえヤツじゃなくて、食わせモンだったなと自分の認識をあらためた。

 

うまいぞ。
誰にも味見させねえけどな。

 

 

 

 

 

end