unrequited

 この船の船長はカナヅチだ。

 海に嫌われている。しかし船長は海が好きだ。つまり片思いだ。海を嫌ってない船長は、わが身の特殊性を省みず海を恐れない。自ら海へ近寄っていく。一歩間違えれば身の破滅だというのに。
 手に入らないものへの憧れは恋に似ている。しかし似ているだけだ。船長はあっけらかんとしていて悲壮感は全くない。そんなものが恋のはずがない。

 剣士はカナヅチではない。

 それなりにうまく泳ぐ。海に嫌われてもいない。しかし海のような男には好かれていない。ひょっとしたら嫌われているとさえ言えるかもしれない。
 海のことはさほど好きでもないが、この船に乗っている海のような男である料理人のことは大変に気に入っている剣士は、報われないと知っていても料理人へ近づいていく。必ず蹴り飛ばされると分かっていても。学習しない。賢くない。片思いだ。
 その行動は手に入らないものへの憧れにしてはいささか獰猛過ぎる。それは恋というよりはむしろ生きるための糧を求める動物の行動に近い。動物だからあきらめることを知らない。

 料理人は人の姿をしているが本当は人魚族に近いかもしれない。

 そのくらい巧みに泳ぐ。溺れたことはない。海に愛されている。海を愛している。両思いだ。
 海を愛する料理人はいつも海を見ている。そこには時々、自分が蹴り飛ばした男がぷかぷか浮かんでいる。海はいつでも美しくあこがれに満ちている。好きだ。自然に口元に笑みがうかぶ。そして少しだけ胸が痛い。海とは両思いのはずなのに。

 海はこれから先もずっと料理人のことを愛してくれるだろう。自分も海のことをずっと愛し続けるに違いない。

 人は分からない。

 気持ちが変わることもあるだろう。状況が変わることもあるだろう。どこかへ行ってしまうかもしれない。

 恋だなんて。

 いっときの気の迷いやその場の感情に流されるわけにはいかない。 

 溺れたことのない料理人は溺れることを恐れている。危険なものは退けて近付かなければ大丈夫だと思っている。それは賢いものの考え方だ。

 けれど料理人は気付いていない。
 賢い考えは、相手も賢い場合にのみ正しく通用することに。

 料理人は、剣士がどれだけ諦めの悪い男なのかを知らない。
 溺れる人間がどれだけの執着を持って相手を引きずり込もうとするのかを、知らない。

  

end

あとがき

英語で片思いを表現する言葉は『one side(d) love』(一方通行の恋)だとずっと思っていた。

しかし調べてみたら『unrequited love』(報われない恋)だった。
思う人に思われない、思ってみても詮無し。そういう直接的な感じは英語の方が明確に出ているなあと 思った。