『舟唄』

 

その日の釣果は大量の烏賊だった。
「夕食は烏賊尽くしにするとして…」
 食糧の配分を考えながら下拵えをするサンジにゾロが言った。
「アタリメにしろよ」
「何だそりゃ」
「あー、スルメ」
「ああ、日干し烏賊な」
「炙ってアテにする」
「ふん、ワイン…じゃねえな」
「ポン酒だな、…米の酒だ」
「次の島で作ってりゃ良いな」
「日持ちすんだろ?」
「その為の干物だァな」

 何せ大漁だ、クルー総出で烏賊を干した。サンジの捌いた烏賊が、次々青空にはためく。
「宇宙人みてえ!」
「紐付けて揚げようぜ、烏賊の凧!」
 賑やかで、さながらレクリエーションだ。
 干し上がった幾つかは、早速クルーの腹に収まった。噛みごたえのあるおやつとして好評で、サンジはこっそり数枚を戸棚の奥に隠す必要に迫られた。

 程なくして寄港したのは、四季のはっきりとした、水の綺麗な島だった。豊かに水を湛えて田植えを待つ田圃が、美味い酒を期待させる。
 サンジはゾロを伴い酒蔵を訪れた。留まるだけでも酔いそうな空気に、ゾロの頬は緩んでいる。
 幾つか試飲してゾロがこれと決めた二種類の酒を一樽ずつと、サンジが選んだ数種を一升ずつ、それぞれ担いで船に戻る。

 一日でログが溜まるのが、惜しいような島だった。
「シモツキに少し似てる」
 ゾロが呟いたのを聞いて、サンジはその思いを深くした。

 夜はほんの少し冷える。
 早速開けた樽から、戸棚の隅に置かれていた燗徳利に、より辛口の方を移し、ゾロはサンジに差し出した。
「ぬる燗にしてくれ」
「ぬるかん?」
「湯を張った鍋にこれを浸けて、酒をあっためるんだ。風呂の温度くらいな」
「ああ、ぬる目の燗、な」
「烏賊も炙れよ」
「おー、取ってあるぜ」
 薄暗いラウンジで二人静かに飲み、語る。その後は、更に暗い格納庫で情熱的なボディトーク。
 冷えた空気など、直ぐに忘れる。

「三千世界の鴉を殺し主と朝寝がしてみたい…」
 サンジがぼそぼそと言う声に、ゾロは目を開けた。
「うちは先ず、船長の腹の虫だなァ」
 ゾロの視線に気付いたサンジは苦笑いで体を起こす。
「殺しても死なねェぞ」
「違いねェ」
 くすくすと笑いながら軽いくちづけを交わし、新たな一日を始める。
 そんな幾つもの日々も、今は遠い。

 立ち寄った島は、どことなく故郷に、そしてあの日の島に似ていた。
 特別な嗅覚で辿り着いた飲み屋の暖簾をくぐる。
 灯りのしぼられた飾り気のない店内、静かに飲む客、喧しくない女給。窓から見えるゆらゆらとした光は、漁火だろうか。
「ぬる燗」
 言葉少なに言ってカウンターの隅に腰を落ち着けたゾロに、女将はおしぼりを手渡し言った。
「何かお食べになります?」
「そうだな、烏賊でも炙ってくれ」

 ゾロは思い出す。
 遠い日の、煌めき。
 どれだけ懐かしくなっても、色褪せる事なくゾロの心を温める。
 船で海を行き、生を謳歌した日々。

 今猶、共に謳歌する Barcarolle 。

 

2015/3/21

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opzs.kesagir.netのutae様より拙宅1周年お祝いに頂戴いたしました。この二人は、あちらのサイトに掲載の『彼我の差』という大変素敵なお話の二人でもあります。しかも、この二人、いつかは、これまた拙宅Treasureに置いてある『love handles』の二人となるということで幸せの余り倒れそうです。
この二人は生きることに全力で、愛することも、それゆえに相手を求めることにも大らかで幸せそうなのが良いのです。いつでも今が一番幸せ、と断言できる二人じゃないかなー。個人的には高杉晋作の都々逸も◎。
utaeさん、ありがとうございました!