『Barcarolle』

 波に揺蕩う船は、海の一流コックたる俺の世界だ。
 俺はそこで料理をし、食わせ、笑い、怒り、歌い、恋をする。
 そこは俺の世界、全て。
 波は過ぎ、雲は流れ、時は行く。
 揺蕩う船に乗った、揺蕩う心。
 世界が揺れているのなら、心は揺れるが自然だろう?
 間違いみたいなこんな気持ちも、船の上なら。それが俺の世界の全て。
 愛してる。

「お前俺の事よっぽど好きな?」
 そんな事こいつは一度も言った事は無ェがきっとこいつは俺のこんな顔が好きだろうと思う、全開の笑顔で言ってやる。
「…うるせェ」
 一瞬言い淀んだのはきっと照れたんだ、マリモのくせに生意気な。
 それから俺の事をじっと見て、こいつには一度も言ってやった事は無ェが実は俺が一等好きな、全開の笑顔で言いやがる。
「お前もそうだろ」
 お前『も』だって。こいつ気付いてんのかな、今自分が俺の事凄ェ好きだって打ち明けちまったって。アホだから気付いて無ェんだろうなァアホだなァそんなとこも実はちょっと可愛いって思ってるって知ってっかな言ってやった事無ェし知る訳無ェか。

 今日はとても気分が良い。だからちょっと奮発サービス。
「なァ。お前俺の何が好き?」
 お前の真心、俺に伝えさせてやるぜ。素直に聞いてやる。だから、言えよ。お前、俺の事、好きだろ?

 マリモはマリモのくせに生意気に、少し神妙な顔をした。それから俺に手を伸ばす。今日の俺は気分が良いから、素直に身を任せてやる。俺の体はぺたんとマリモの腕の中に収まった。
 俺が実は大好きな分厚い胸板、その下で動く心臓(それは生きている証!)、俺より少し高い体温、俺の体を難なく収めてびくともしない体躯。俺が実は大好きな分厚い掌が俺の髪を撫でて掻き混ぜてぐちゃぐちゃにする。そうされると実に気持ち良くて俺は密かに気に入っているがそれもまだ言ってやって無い。
 何一つ、言ってやって無いのに。俺がお前を好きだって。お前は俺がお前を好きだって知ってて、俺はお前が俺を好きだって知ってる。
 これって奇跡。互いが互いを好きなのと、同じくらいの、奇跡。おかしな気持ちが何かの間違いみたいに重なって、それで、やっと生まれたみたいな、奇跡。だろ?

「なァ。お前俺のどこが好きだよ?」
 なかなか口にしない恥ずかしがり屋のマリモの為に再び水を向けてやると、もごもご言ってから、言った。
「何、って言っても、どこ、って言っても、全部違ェ気がする」
「んー?」
 鼻先が髪の間に差し込まれて、匂いを嗅がれている。動物みてェ。マリモのくせに。俺はお返しとばかり、首筋の匂いを嗅いでやる。今日もやっぱり俺の好きな匂い。
「全部でお前だ、って事、だろ」
「俺の全部が好き、って事?」
「んん?んー、どうだかな」
 クソマリモのくせに、生意気な。
 俺の頬を両手でしっかり捕まえて、しっかり目を合わせてくる。俺の、好きな、お前の視線。
「どれか一つ取り出しても、それはお前の全部じゃないし、どれか一つ欠けても、それはお前じゃない」
 そしてから、唇をそっと合わせる。俺の、好きな、お前とのキス。
「じゃあやっぱり、お前は俺がよっぽど好きな?」
「だからお前、も、そうなんだろ?」

 互いが互いを好きだって、分かってるのに確かめたくなる様な。それがこんなに幸せな嬉しさで。
 こんな気持ちは間違いだって、こんな気持ちになるのはおかしいって、分かるのに、それでも、嬉しくて、全肯定してやりたくなる様な。
 一時だって止まっていない、波の様に揺蕩うのに、確実にその気持ちは、ある。
 それは、奇跡。

 俺はここで料理をし、食わせ、笑い、怒り、歌い、恋をする。
 お前のおかしな気持ちだって、ここは海。船の上。俺の世界。それが、全て。
 愛している。

 

 

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2014.4.18

どうですか、みなさま!このお話はutae様のサイトにある『彼我の差』(とても素敵なお話です)の二人ではないか、とのこと。幸せを朗々と歌い上げるかのような二人。命をかける戦いと常に隣り合わせだからこそ、生の喜びを謳歌してもらいたいなって思います。二人が幸せだと嬉しい。utaeさん、ありがとうございました!