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さて。趣味を聞かれて読書と答えるのにちょっとためらう気持ちがあります。読書、好きですよ。好きなんですが、こちらへお越しの方々もきっとそうだと思うのですが、薄い本だろうが厚い本ろうが、そこに本があるから読む、そこに活字があるから読む状態ですので、読書は趣味ともいえない行為なのではないかという気がしております。身支度とか洗面とかそういう日常ごとというか。もっとも、最近、寄る年波に勝てず、少々目が疲れ気味なので、昔ほどのイキオイがないのが残念なところ。それでも、やはり本は落ち着きますよね。昨今は電子書籍も普及しつつありますが、ワタクシは断然紙の本派です。ところで。紙の本がこれほどまでに普及したのは、ルネサンスの三大発明のひとつと呼ばれる活版印刷技術をドイツのグーテンベルクが発明したからと言われています。最近はDTPや写植にとって代わられてしまい活版印刷はほとんど姿を消しているのですが、手書きの書写から印刷への変革をもたらした活版印刷の恩恵ははかりしれない。そもそも「活字」は印刷のために文字を凸型に刻んだ金属片や木片を指していますしね。活版印刷の現場を直接知っているわけではないのですが、膨大な活字の山の中から文字をひろう作業って、なんとなくロマンをかきたてられる気がします。銀河鉄道の夜にもそんなシーンがあったかと。いや、実際にはかなりキツイ作業だとは思うんですけど。で、この活字をひろう作業、実は二段階あったそうなんですよ。原稿を読んで活字をひろう文選のお仕事と、文選がひろった活字を組んで整える植字工のお仕事。へー、ということは小説などの生原稿は文選が見るんだーと思ってちょっと調べてみたら、作家の誤字は文選工が正しい活字をひろうことで直していたとか、実に興味深いエピソードが出てくる出てくる。編集者がイの一番に原稿を読むものだと思っていたけれど(そういうケースの方が大半なのだろうけど)、編集者が文選工に原稿をスルーパスしていることもそれなりにあった模様。とくに、悪筆…というか達筆すぎる手書き原稿などは編集者も読めず、熟練の文選工頼みだったとか、ほとんど作家専属の文選工がいたりとか。え、それってアレだよね。悪筆もとい達筆過ぎる文豪ロロノア。小さな印刷所の文選工サンジさん。編集者も読めない、流れるように書かれた黒々としたロロノア先生の文字で埋め尽くされた原稿をサンジさんだけが読めるやつだ。象形文字?抽象画?と言われるロロノア先生の生原稿を判読できるサンジさん。サンジさんが活字をひろうから本になる。サンジさんがいなければ原稿は世にでない。広く読まれることはない。時折、原稿用紙の片隅にロロノア先生からの秘密のメッセージが書かれていたりして。誰も読めないので調子にのるロロノア。活字をひろっているときに赤面するサンジさん。文選工ってそういうことですよね?(たぶん違う)(文選工の方に謝罪)
