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【 止まる 】
「クソ腹巻、表に出ろやァ!」
料理人の怒声が響き渡った。
「望むところだ、クソコック!」
応える剣士の声にも抑えきれない苛立ちが混じる。
―― あー、また始まった…。
クルーは皆そう思った。
寄ると触ると喧嘩。朝から晩まで喧嘩。ウマが合わないのかそりが合わないのか気が合わないのか。とにかく合わないものが多すぎて、その上、気に食わないことを無視できるほど、二人ともオトナではなくて、徹底的にぶつかり合う。
不幸中の幸いなのは、実力が伯仲しているせいで二人の間に優劣も上下関係もつかず、その上二人揃って物事をたいして深く考えないために、喧嘩が陰険なものにならないことだけだ。
言うなれば、ケンカのためのケンカ。純度100%のピュア喧嘩。
どちらかが啖呵を切って宣戦布告すれば喧嘩スタートだ。
じゃれ合いと言うには少々派手な立ち回りとなるが、止めてどうなるものでもなし、さほど実害があるものでなし。とりあえず気のすむまで放っておこうとクルーは無視を決め込んでいる。もちろん、油断していると巻き込まれるとか、船が壊れかけるとか、その程度の被害はあるけれど、たしたことではない。
見かけによらず短気な料理人が早速、武器である足をふりあげた。すかさず射程距離外に飛び出る剣士。
「てめえ、今日という今日こそ、海のモズクになりやがれ!」
料理人は、悪態でさえ食材だ。
「黙れ、減らず口たたけないように叩き斬ってやる」
剣士も大声で言い募る。
不思議なことに、普段はあまり口数の多くない剣士も、料理人に対する悪口だけは無尽蔵に出てくるらしく、罵り合いも同等だ。お互いに憎まれ口を叩きながら技を繰り出し、間合いを測る。隙を見つけては攻撃し、相手に躱され決定的なダメージを与えられず、また隙をうかがう。
「もう、我慢ならねえ」
剣士が料理人を睨みつけた。
「てめえなんか、素手で十分だ」
剣士が刀を鞘に納めて仁王立ちになった。
―― まさか、あの構えは、無刀流ナントカ。
料理人に緊張が走る。
「今日という今日こそ、てめえの息の根とめてやる」
剣士はバンダナを頭に巻いて本気モードだ。
――やべぇ、ちっとばかし怒らせすぎちまったか?クソ剣士のアレをまともに食らったらシャレになんねえぞ。
いつもとは明らかに違うマリモ剣士の気迫に料理人は来るべき衝撃に身構えた。
剣士は深く息を吸い込むと、裂帛の気合とともに大声で呼ばわった。
「おまえが好きだー!」
料理人の息は確かに止まった。
end
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