やっぱ、すっげえ好きだ。
夜の魔法、再び。
「・・・じゃ、半分な。」 サンジはゾロへ左手用の手袋を渡した。自分には右手を残す。それからゾロの右手を自分の左手で握りしめた。「こうしたらいいんじゃねえ?」 へへへと照れた笑顔付。
ゾロは怒りの形相でサンジをにらんだ。
次の瞬間。
ぎゅううっと。
「いてえいてえいてえ!マジで何しくさってんだ、骨が折れる!!」
握力80キロ、リンゴも軽々握りつぶすと噂されるゾロの手で握られサンジは文字通り痛い目にあった。
「ふざけたこと、しやがるんじゃねえよ。」
ゾロは顔をそむけると、そのまま歩き出した。
それでもサンジの手袋を投げ捨てたりはしなかった。せめて左手だけでもゾロの手が温かいといい、とサンジは思った。
真夜中はとうに過ぎ気温がどんどん落ちてくる。冬の夜空は冴え冴えとすみわたり、都会の片隅であっても星がいくつも瞬いているのがみえる。明るい一等星の多い冬の夜空がゆっくりと西へと傾いてゆき、春の星座が上ってくる。そうして星空の移り変わりで時間の経過を知るのだ。
あ。
サンジは気付いた。何度かゾロの家へ行ったことがあるので知っている。この先の交差点を左折して道なりに行けば、ゾロの住むアパートへ通じる通りに出る。ということはゾロの住む町内に入ったということだ。方向音痴のゾロが気付いているかどうかは怪しいが。
ああ。
この夜の散歩ももう終わる。もう少し一緒に歩きたかった。
「おい。あとどの位だ?」ゾロが声をかけてきて、サンジに地図を見ろとうながした。自分で地図を見ることは端から諦めたらしい。サンジは機械を操作しながら答えた。
「もう少しかかるな。」
「そうか。」 ゾロは疑いもしなかった。
サンジはゾロを導くかのように歩いた。ゾロの家へ行くには、このコンビニの角を左だ。それは分かっている。そうすれば程なくゾロの家に着く。
そんなの分かってるさ。
サンジは直進した。
横を歩くゾロは疑いなくついてくる。その無条件の信頼がサンジの良心をちくりと刺す。
ごめんゾロ。でも、もう少しだけこうやって歩きたいんだ。おまえと一緒にいたいんだ。
人影の全くない街は二人だけのものだ。渇いた足音だけがあたりに響く。
サンジは頭の中に地図を展開した。この辺りは、多少のゆがみはあるものの道が碁盤目状に通されている。あと2回左折すれば、ゾロの家へと続く道に出る。
分かってる。おれは分かっているけれど、ゾロはどうなんだろうか。
サンジがゾロをうかがうと、表情の読めない顔を前に向けて足を運び続けているだけだった。いつも前だけしか見ないヤツ。足元とか、周りの景色とか、余計なものに気をそらされずにひたすら目標だけを見据えている男。心と行動がすがすがしいほど合致している。
そういう潔さが好きだ。すごく。ただ時折それが腹立たしくもある。
おまえにとって余計なものとして斬り捨てて排除していったなかには、おまえほど強くないヤツにとっては大事なものだってあるんだ。たまには遠回りしてよそ見のひとつもしてみせろよ。
サンジは3回左折した。
案の定、さきほどのコンビニの前へ出た。サンジは何食わぬ顔をして再度コンビニの角を左へ曲がった。これで堂々巡り2周目に入ったことになる。
おかしいって少しは気付けよ。おまえがそんな風に気付かないから、おれがこうして、つけ入るようなことしちまうんだ。
サンジは変わらぬ表情のゾロに心の中で毒づいた。
良心の痛みが重苦しい罪悪感に変わる。それでもサンジはあと少しという誘惑に勝てなかった。今まで2時間以上も歩いて来たんだ。あと10分かそこら延長したっていいじゃないか。ゾロの家はもう近くで、夜が明けるのはまだ遠い。
そうやって心のなかで後ろめたさとモラルとが葛藤し逡巡している間に、うっかりと3巡目に入ってしまった。
さすがにこれを最後にしよう、とサンジは思った。最後だと思うと足取りが重くなる。サンジの歩くペースが落ちた。ゾロがいぶかし気にサンジを見やり、あたりの景色を見渡した。
「てめえ、もしかして迷子か?」ゾロが言う。
「ちげえよ!」
「じゃ、なんで、さっきからおんなじ場所ぐるぐるまわってやがんだ。」
「は、何言って…」
「気付いてないとでも思ってんのか。あのコンビニ、おれんちから一番近いぞ。」偉そうな調子でゾロが言う。
何言ってやがんだ!てめえんちから一番近いコンビニは部屋の向かいだろうが。同じ711だが違う店だ! ―― というツッコミは今はやめておく。
「てめえが迷子かよと思ったから黙っててやったが、さすがに5回もおんなじとこを回りゃ気付く。」
「3回しか回ってねえよ。数も数えられねえのかよ!」
「ってことは回ったのは事実なんだな。わざとなんだな?なんでそんなことする?」
思わず反論してしまったサンジに、してやったりとした顔でゾロが聞いてきた。
サンジは言葉につまった。迷子のレッテルの方がまだマシだった。その方がごまかせた。
「なんでだ?」ゾロが詰め寄った。
立ち止まったせいで寒さが忍び寄ってきて、せっかく高揚し温まっていた身体が冷えていく。路面から冷気が上ってきて足がふるえた。ゾロから借りたマフラーだけがバカみたいに温かい。
なんで?これを終わりにしたくなかったからだ。
言葉が喉までせりあがる。
いつもだったら抑えられた。でも今は夜だった。押さえつけていた力が弱まって、内側にあるものがあふれ出す。
「なんで?!決まってんだろが!お前が好きだからだ。帰りたくねえからだよ。これを終わらせたくなかったからだ。悪いかよクソマリモ!てめえだけ涼しい顔しやがって。 オレがどんな気持ちで一緒に歩いてたと思ってやがんだ!好きなんだよ!チクショウ!」
サンジは言い募った。言っちまった。どうなってももう知らねえ。やぶれかぶれだ。
言葉を聞くゾロの顔が険悪さを増していき、そして次の瞬間。
ぎゅうううっと。
「いてえ。夢じゃねえ…。」
自分の頬を自分でつねって、茫然とつぶやいているゾロがいた。
「何やってんだ。」サンジは唖然とした。
「夢かと思った。」茫然とした表情のままゾロがゆっくりとサンジへ近づいてきた。正面からサンジの肩へ腕をまわして抱き寄せる。はじめはそっと。それから少しずつ力をこめて。サンジの冷たい頬に同じくらい冷えたゾロの頬が触れる。冷たいもの同士のはずなのにそれはなぜか温かい。
こんなの変だ。どうかしている。冷たいのに温かいのも、ゾロがこんなに近くにいるのも、抱きしめられているのも。
「おれもだ。」と言うゾロの言葉が今日一番の変な出来事だ。もう寒くは感じないのに、サンジの足のふるえは止まらない。心のふるえも。
「そういうことはもっと早く言えよ。」ゾロが言う。
「悪かったな。町内ぐるぐる3周もさせて。」黙って回り道を選んだ後ろめたさからサンジは素直に謝った。
「そうじゃねえ。おれはてめえと一緒にいたくて、わざと起こさなかったし電車も乗り過ごした。」
「そっからかよ!?じゃあ、こんな歩く必要も遠回りもいらなかったじゃねえか!」
二人はにらみ合い、それからバカバカしくなって腹の底から大声でげらげらと笑いころげた。
「もう遠慮しねえ。我慢したこと全部やってやる。」
ゾロはそう宣言すると、サンジのことをぎゅっと抱きしめ、ちゅとキスをしてみせた。そうして二人で大騒ぎしながら一緒にマフラーにくるまり手をつなぎ、歩き始めた頃には考えられないほど浮かれた気分で残りの行程を歩き出した。
end