耳をふさいで声を聞く

 

会いたいけれど会えない時はどうしたらいい? 

「会いにいく」あっけらかんとルフィは言った。
「今何してるのかなァってたくさん想像する」少し考えてからウソップは言った。
「会えますようにって一生懸命お願いする」つぶらな瞳でチョッパーは言った。
「手紙を書くのはどうかしら」物知りのロビンちゃんが言った。
「電話をかけてお話する」お姫さまみたいなナミさんが言った。 

サンジの質問に、同じ幼稚園に通う仲間たちはそれぞれ答えてくれた。 

会いに行くには遠すぎる。
元気かなあ、今なにしてるのかなあ、とあれから毎日考えてる。
また会えますようにと、寝る前にはいつもマリア様(ジジイの生まれ故郷の優しくてきれいなレディで、よい子にしていたら願い事を叶えてくれるそうだ)にお祈りしている。
手紙は……実はまだ、うまく文字が書けないし、アイツなんて字が読めるかどうかも分からない。
電話……。そうだ、電話だったらなんとかなる。

この間の春休み、サンジは両親と一緒に祖父の住む海辺の町へ遊びに行き、そこで緑色の髪をした同い年の男の子と知り合った。名前はロロノア・ゾロ。初対面では喧嘩をしたけれど(失礼なことにサンジの事をチビナスと呼んだのだ。そう言っていいのはジジイだけだ)、すぐに仲良くなり時間を忘れて二人で遊びまわった。一週間の滞在はあっという間だった。帰る日の朝、明日からはもう会えないと不意に気づいて悲しくなった。家に帰ればルフィにウソップにチョッパーに大好きなナミさんやロビンちゃん、それ以外にもたくさんの幼稚園の友達がいて、寂しくなんてないはずなのに。 

「お別れの挨拶をしに行きましょう」
ジジイが焼いてくれた美味しいビスケットを詰めた箱を持ち、母親に連れられてサンジはゾロのところへ行った。母親同士が、お世話になりました、まあまあこちらこそ、とお喋りの延長のような挨拶をしている間、サンジは居心地悪げにもじもじしながら、黙ったままのゾロと向き合っていた。ゾロはいつもと変わらないように見えた。
―― ゾロは、おれがいなくなっても寂しくないのかな。
そう思ったら、何か言わなくちゃと思うのに、一言も喋れなくなってしまった。また会おうな。そんな簡単な言葉さえ、喉にひっかかって出てこなくなった。こんなんじゃだめだ。どうしたらいいんだろう。自分の情けなさに涙が出そうになり、慌てて俯いた。ものも言えずに足元ばかり見ているサンジに、無言のままのゾロが黒っぽいものを押し付けた。ゾロがいつも身に着けている迷子札だった。余りにもたびたび迷子になるからという理由で、ゾロの左腕には常にバンド型の迷子札が巻かれていた。それを無理矢理千切ってサンジに寄越したのだった。表側は黒無地の何の変哲もないバンドは、裏側に本人の名前と親の名前、住所、電話番号が書いてあった。住所は読めないけれど数字ならば読める。

電話をしよう。元気か?って聞いて、今度はおまえがこっちに遊びに来いよって言って……。

 

―― こんにちは。サンジです。ゾロはいますか?
電話口での応答を独りで何度も練習した後で、誰にも知られないようにとタイミングを見計らってリビングにある電話機の前に立つ。親に隠れてこっそり電話をかけるなんて初めてだ。悪いことかもしれない。怒られてしまうかもしれない。
でも。
意を決してサンジは受話器を取り上げて、数字をひとつずつプッシュした。少しの間のあと呼び出し音が鳴り、鳴ったかと思うとすぐに相手が出た。

「ロロノアです」

ゾロ!
相手が名乗った声を聞き、サンジはびっくりして言葉を失った。ゾロが直接出るとは思ってもみなかったのだ。想定していた事とは違う事態に、サンジは固まってしまった。
「もしもし?」
電話の向こうからゾロが問いかけてくる。かけてきた相手が無言だったので不思議に思っていることだろう。受話器から聞こえるのは紛れもなくゾロの声。サンジはぱくぱくと口を動かした。声はどうしても出なかった。だめだよ、これじゃ、この間と全く同じだ。かっこわるい。
「おーい?だれだ?」
ゾロの呼びかけてくる声に、怒ってるわけじゃないのに、いつもちょっとだけ怒ったように見えるゾロの顔が思い浮かぶ。はやく答えてあげなくちゃ。切られてしまう。サンジは受話器を握りしめ、耳に強く押しあてた。ゾロ、おれだ。そう言おうとした時に。
「もしもし?……もしかして、グル眉か?」
本日二度目のびっくりだ。受話器が手から滑り落ち、床にあたって派手な音をたてた。うわわわ!サンジは思わずしゃがみ込んだ。

ひとことも言わなかったのに、どうしておれだと分かったんだ。
そう聞きたくて受話器を慌てて拾い上げたけれど、通話はすでに切れていた。

―― グル眉。
押しあてた受話器から直接流し込まれた自分を呼ぶ音は、じわじわとサンジの体にしみこんだ。サンジは両耳を手で押さえた。身体にしみこんだゾロの声が、どこかにいってしまわぬように。

そうやって、会えない時は、耳をふさいで身体に閉じ込められた声を聞く。

 

 

 

end

 

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もじもじじゃなくて、モシモシじゃないかというツッコミは無しで。