別れたらダメな人

なんてーか、聞かなくていいセリフを聞いた気がする。聞きたくないセリフっていうか。
妹として聞いちゃいけないセリフというか。

うんざりした私をよそに、兄は怒涛のごとく語りだした。

相手がどんなに素晴らしいか。かわいらしいか。気遣いができて、料理が上手で、眉毛が巻いてて、足癖が悪くて、手先が器用で… 云々。

口下手な兄がこんなにしゃべるのを生まれて初めて見た。喋れるんだ~ははは~と思った。おかーさーん、無口だ無口だと言われていたあなたの息子がこんなにたくさんしゃべってますよ~。

もう聞いていて胸焼けがする。おなかいっぱいだ。メマイも頭痛もしてきた。誰かゾロを止めてほしい。

虚無的な気持ちになりつつも、ゾロが相手をすごく好きなことだけはよくわかった。
そう。あたしはよく分かったのだ。でも分かってないひとがいるんじゃ?
ふと気になったのでゾロの話を遮った。

「で、アンタはそういう言葉を、そのサンジくんとやらに直接言ったことあるの?」
「言ったことは…ねえな。」
「あきれた!それじゃ相手は全く分からないじゃない。アンタがどんなに相手を思ってるか。」
バカみたい。あたしに言ってどうすんのよ。そんな大事なこと。

「そもそもなんで、いさかいになったのよ?」
「『おまえの目当てはメシだけかよ』って言われた。」
「で、なんて言ったの。」
「『メシだけじゃない』」
「うん。それで?」なんか、オチが見えたような気がする。嫌な予感。
「『身体も好きだ』」

うわあ、やっぱり!!二度目の鉄拳制裁決定だ。有無をいわさず殴る。

「あんた、バカなの?!口下手にもほどがあるでしょ!そんなこと言ったら『メシと体だけが目当てなのか?』ってなるに決まってるじゃない。」
「なんで分かるんだ!聞いてたのか。」
「聞いてるわけないでしょ!ホンっトーに、バカ!」
もう比喩ではなくて真剣に頭が痛い。わたしの兄がこんなにバカだとは思ってなかった。確かに剣道バカではあったけれど、こんなにひどい男とは。情けなくて涙が出る。

かくなる上は、一刻も早くそのサンジくんとやらと仲直りして、収めるところに収まるモノを入れていただき、円満解決、丸くおさまってもらいたい。ゾロの為というよりも、わたしの精神的安定のために。

わたしはゾロのケータイを取りあげて件のサンジくんに連絡した。なぜかサ行に名前が無くてマ行の『まゆげ』で登録されていたけれど、この際どうでもいい。

…はい。ええ?ゾロの…?ナミさん?いや、妹さんがいるとは聞いていて、ちゃんと会ってご挨拶したいなとか思ってたんだけど。ちょっとあの、どういう風に会ったらいいかよくわからなくて…。

最初はぶっきらぼうな口ぶりが、わたしの声を聞いて怪訝そうなものに変わり、次いでテンション高くなっていく様子がなんだかおかしかった。話しているうちに、サンジくんはゾロと違って社会的常識とか良識といったものをちゃんと持っている人だということが分かって安心した。わたしに対してもすごく気をつかった話し方をしてくれて、なんかいいなと思った。

話をしたいからうちに来てというと、本当にすっとんで来てくれた。

電話の印象は悪くなかったけれど、実を言うと本人に会うまでは半信半疑だったのだ。変な人だったらどうしようとか、本当に兄を大事にしてくれる人なのかとか。

だけど本人に会ったらその危惧は消し飛んだ。わたしを見て美辞麗句を並べ立てたり不思議な踊りをしてみたりと、ある意味変な人ではあるけれど。でも、このひとはいいひとだ。ちゃんと本当のゾロのことを理解して見てくれている。ゾロのことを大事に思ってくれている。ゾロはこの人を手放しちゃだめだ。

わたしは二人を仲直りさせるという当初の目的を変更した。
この二人は放っておいてもそのうち自然に仲直りするだろう。そんなことのためにわたしが手を出す必要もない。

それよりも。
ゾロはこれからもサンジくんを怒らせたり不安にさせたりするに違いない。言葉が足りないバカだから。その度にゾロが腑抜けて鬱陶しい思いをさせられたり、聞きたくないセリフを聞かされたりする羽目になるのはごめんだ。そうならないよう、サンジくんにはしっかりと思い知らせておかないと。ゾロの気持ちは疑ったりしなくていいんだって。サンジくんがゾロの唯一のひとなんだって。

どんな風に話をもっていけばサンジくんを納得させることができるだろう。わたしはサンジくんの説得という新たな目的のために考えをめぐらせた。

人を説得するときはロジカルに説明し感情に訴えるのがセオリーだ。特に相手の弱みに訴えかけるのが好ましい。サンジくんの弱点は<ゾロ>と<私>と<社会的良識>。この三つをうまく突くロジックを考える。ゾロと一緒にいる将来をサンジくんに約束させるための論理的筋道。

…見えたわ。勝者への道

タフ・ネゴシエイターとして数々の交渉事を成功させてきたわたしの手腕をみせてやる。

「いいこと。サンジくん。」私は重々しく言った。
サンジくんはなんだろうという風に居住まいを正してわたしに向き直った。

「生き物を飼うには覚悟が必要です。かわいいだけじゃ飼えません。一度えさを与えて飼おうと決めたからには死ぬまで飼いなさい。それが飼い主の責任です。おれには無理とか飽きたからとか、そんな理由は認めません。もしもどうしても自分の手に余る場合は、次の飼い主を探してから手放しなさい。それが社会的責任ってものです。」

まずはサンジくんの社会的良識に訴える。
そばでゾロが「ナミてめえ、何の話をしてやがんだ!」とか「おれは動物じゃねえ!」とか怒鳴っているけど気にしない。

「いや、あのナミさん。動物と違ってさ、こいつにはこいつの意志ってものもあるし。っていうか、え、飼い主?え、なんのこと?」サンジくんが目を白黒させている。

「サンジくん。コレはね。」私はゾロを指差した。「凶悪な顔してるしかわいげは全くないけれど動物なの。一途な動物よ。一度なついた飼い主には忠実な。ちなみに好物は金髪と巻き眉。」二つめのウィークポイントであるゾロを引き合いに出す。

ゾロが凶悪な顔をしてわたしをにらんだ。兄のためにやっているのに理不尽な仕打ちだ。感謝されるべきなのに。

「だから今回みたいなことになるとすごく困るの。迷惑なの。」困った顔で上目遣いを繰り出す。
「ナミさんに迷惑かけてごめんよ。」よく分かってないだろうにサンジくんはとりあえず謝った。さすがサンジくん。想定通り、わたしにも弱い。

「そう思うのなら私のためにも、ゾロの手綱はきちんと持っていてくれるかしら?」
「ナミさんのためなら喜んで。」
「ありがとうサンジくん。ついでにゾロのこと、今後ずっと面倒みてもらえると嬉しいんだけど。そうしたら私もサンジくんのことを『お兄ちゃん』って呼べるようになるかもしれないじゃない?」
「喜んで!!」

―てめえ、おれのことだって一度もおにいちゃんなんて呼んだことねえだろが!
―呼ばれたいの?お金払えばいくらでも呼んであげるわよ。
―呼ばれたかねえよ。
―ナミさん、おれのことは遠慮なく呼んでいいからね!
―てめえは黙れ。

ゾロが怒鳴って、わたしがやり返して、サンジくんが浮かれて。

口調は荒っぽくて全く仲良くないみたいだけど、ああ楽しい。ゾロの様子がすっかり元に戻ったことも確認済みだ。

ここまで来ればもう安心。この二人はこれから先、喧嘩しながらもうまくやっていくだろう。ケンカしたらまたわたしが『かすがい』になってあげよう。

でも念には念を入れダメ押しの脅しをいれておく。

「もし、ゾロと別れたら。」わたしは真剣な顔でサンジくんに言った。
「別れたら?」
「わたし、サンジくんのこと嫌いになるわよ。」
「おれ、絶対に別れないよ!」

そうよ。ゾロにとってサンジくんは、サンジくんにとってゾロは。

別れたらダメな人なんだから。

 

end