ガールズ☆トークをしてみたら


大学の仲間内で「集まって飲もうぜ」となった時に、サンジの部屋が使われることが多いのにはレッキとした理由がある。

   まず第一に、サンジの作る飯がうまいこと。第二に、サンジの部屋が仲間内では一番整理整頓されていて座るスペースが確保できること。第三に、サンジが酒にあまり強くないこと(酔っ払いを連れ帰るのは難儀なことだが、自室であればその必要がないというわけだ)。消去法で考えても、ゾロの住むアパートは古すぎて壁も床も薄く、皆が集まると近所から苦情が来るとか、ウソップの住むワンルームマンションは、趣味の作品が所狭しと並べられて皆がくつろぐにはふさわしくないとか、その他様々な理由があって、結局のところサンジの学生アパートに集合してしまうのだ。

 今日集まって飲むことになったのは商店街のイベントのせいだ。イベントの一つに地元の産直品を景品とした福引があって、買い物をしていたウソップと、たまたま通りかかったゾロは、配布されていた福引券を手に入れたのだ。福引は単純なボックスタイプのもので、くじ箱の中に手を入れて、時間をかけて探りに探り選びに選んだウソップは3等、無造作に手を突っ込んで紙切れを掴み取ったゾロは2等を引き当てた。その結果、景品である地元でとれた新鮮な野菜と魚を大量に抱えるはめになってしまい、これはサンジのところへ行って何とかしてもらうしかないという結論になったのだ。

「なんだよ、おまえら、仕方ねえな」
そう言いながらも嬉しそうに料理してくれるサンジはありがたい存在で得難い友人だ、とウソップは思う。

 材料が新鮮であったこともあいまって、今日もサンジの作る料理は文句なくおいしかった。
腹いっぱい食って飲んで酔っ払って、くだらない話をしながら夜が更けていく。
若い男が三人集まって、飲みながら語り合うとなれば、話題は女性のコトになるのは当然の流れだ。もっとも、このメンバーであれば、話し手の中心は専らサンジだ。レディ大好き、恋に恋するところのある夢見がちな男は、そういう話に事欠かない。

 今日はサンジに世話になったし、ある程度ハナシを聞いてやるのも義理のうちだなとウソップは考えていた。もちろん、サンジ自身のことを語らせることで、「なー、おまえカヤちゃんとはどこまでいってんだよー」というウソップに対するメンドクサイ追及の手をかわすという計算もある。
早速、水を向ける。

「そういやサンジ。このあいだ図書館で出会った子、連絡先聞くとか聞かないとか、言ってたけど、どうなったんだ?」
「ああ、マヤちゃん」
サンジは疑いもせず食いついた。それから遠くに思いを馳せるような顔つきをした。
「連絡先はちゃんと教えてもらって、お茶だってしたんだぜ」
「そりゃ、すげえな!」
想定外の進展状況にウソップは素でびっくりした。
「でもよー」
サンジの愉快な眉毛がへにょんと下がった。それだけで結果が見えてしまった。
「『サンジくんがいい人過ぎて、おつきあいするのは、残念ながらできないの』って言われちまったんだよ」
しょんぼりとした様子でサンジは言った。
「あー」
分かっていた結果だが、慰める言葉はない。
「彼氏にするには勿体ないって言われちゃったんだよ」
「勿体ない?」
「うーん、どういうことなんだろ。おれってそんなに近寄りがたい高嶺の花ってことなのかな」
それは違うぞ、絶対に違う、とツッコミたかったが今更なのでコメントを控える。黙っているウソップをよそにサンジは続けた。
「でも、カノジョにはなってくれないけれど、『オトモダチなら』って言ってもらったんだぜ」
少しだけ嬉しそうに言うサンジに、それは一体、何の強がりなんだ、とウソップは思う。常日頃「おれはレディ達とお友達になるために生まれてきたんじゃねえ!」と言っているサンジはどこいったんだ。
「考えてみればさー。『恋愛関係って儚いでしょ?でも友情だったら長く続くじゃない?サンジくんとは、これからもずっと仲良くしていきたいからオトモダチでいたいの』って言われちゃうパターンがすげえ多い気がするんだよ」

男として見てもらえてないんだなあ、とウソップはサンジを憐れに思う。報われないよなあ、コイツ。
「でも、フラれたらそれまでだけど、オトモダチから始まる恋もあるから、まだチャンスはあるってことだよな」

    ねえよ!キッパリ、すっぱり、フラれてんじゃねーか!
    ウソップは内心、激しくツッコんだが、サンジに対する恩義から口には出すのは憚られた。
    それにしても、今回、この話題は良くなかったな、とウソップは思った。サンジの哀れさが際立ってしまった。話題を変えよう。ウソップは別の話題を持ち出すことにした。
「ところでサンジ、おまえって好みのタイプってどんなんだっけ?」
「全てのレディだ」
それを言ったら、ハナシが終わっちまうじゃねーか。おれの苦労を察しろよ!ウソップは我慢強く先を促した。

「いやいや、それは分かってる。分かってるが、あえて言えばどんなだ?」
「あえて…」サンジは考え込んだ。「やっぱり笑顔がキュートなのはグッとくるな」

「笑顔!おお、そうだな。笑顔がいい子はイイよな!」
    意外にもまともな答えにウソップはほっとした。
「いつもニコニコしてる子もいいけど、クールビューティがたまに見せる笑顔 も堪らねえよな」
「ギャップ萌えだよな」 「ギャップはいいよな!」
   ハナシが盛り上がって来た。よし、いいぞ。
「気の強いしっかりしたレディが見せる、ちょっと抜けた部分とかな」
「いいよな!」
「おっとりぽわーんとしたレディが、実はメチャクチャ賢いとかな」
「いいよな!」
「普段はおとなしいレディが、積極的にかわいく迫るとかな」
「かわいく迫る?どんなだよ」
「『今夜は帰りたくないの』とかさー。くううー、あこがれるぜー!」
   サンジは一人で身悶えた。
「分かるか?たとえば、デートして食事して夜景とか見に行くだろ。で、そろそろ時間も遅いし送ってく、なんておれが言うだろ。そしたら『今夜は帰りたくないの』コレだよ!こうな、ちょこっと首をかしげて恥ずかしそうにしながらおれのこと見つめて、ダメ?なーんてなっ!」
   はうー!サンジは身をよじった。

 あー……。それがサンジ、おまえの願望か。アホだな。
ウソップは思った。何だかんだといって女の子と付き合ったことねえんだろうなあ。まあ、こういうとこもサンジの良さだけどよ。

「なー、まりも。黙って酒ばっか飲んでねえで、おまえも会話に加われよ!」     サンジが今まで黙々と酒を飲んでいたゾロに声をかけた。
「あ?」
渋々といった風にゾロがサンジに目を向ける。
「おまえ、むっつりタイプだろ。スカしたツラしてやがるけど、脳内ではエロいことアレコレ考えてやがんだろ。んー?」
サンジは一方的に決めつけた。どうやら酔いが回ってきてるらしい。
「せっかくだからおまえのハナシもしろよ。どんな子が好みなんだよ?」
サンジの様子はまるで酔って絡むサラリーマンのオッサンのようだが、ゾロはたいして嫌な顔もせずに淡々と答えた。
「好みは料理上手」
「おう。テッパンだよな!で、外見はどんなだ?こう、ぽっちゃりしてるとか、スレンダーとか」
「細身」
「意外だな。おまえ、巨乳とか好きそうなのに」
「胸はなくていい。重要なのは大きさじゃなくて乳首だな」
「……いきなり核心を突いてきたな、オイ。それで?」
「色白で背が高いのがいい」
「えれえ具体的だな。そうやってあんま条件ばっかりつけてる男は、好みがウルサイって嫌われるぞ?」
「てめえの質問に答えただけじゃねえか」
「おー、そうだったそうだった。わりーわりー」
たいして悪く思ってもなさそうな口調でサンジは言った。
「で、中身は?」
「適度にアホ」
「適度にアホ?……あー、天然ちゃんが好みってか?さすがだな。まりもは天然記念物だから、天然ちゃんが好きなんだなー」

   サンジは大口を開けてぎゃははと笑い転げた。ウソップもハハハとつきあいで笑った。

  しかし。

   細身で色白で背が高くて胸がなくて料理上手で適度にアホ。
   ゾロの好みを聞いた途端、脳裏にうすらぼんやりと浮かんだ人物が一人いて、それを考えるとウソップは心から笑えない気がした。
いやいや、おれの気のせいだ。ゾロは「適度にアホ」と言ったじゃねえか。おれが知っている人物は「極度のアホ」だ。うん、根本的に違うな。ウソップはそう結論付けると、頭の中の面影を強制排除した。

 ウソップの束の間の戸惑いをよそに、ゾロに対するサンジの追及はまだ続いていた。
「どうやって口説くんだよ」
「口説いたことはねえ」
「なんだよ、さり気に自慢かよ。口説いたことなくても勝手に向こうから寄ってきますってアピールか?」
「そうじゃねえ。口説き方がわからねえ」
「口説き方がわからねえ?!」

   サンジが嬉しそうに叫んだ。
「そりゃあ、かわいそうだなあ、まりもちゃんよ」
   サンジは憐れみを込めた口調でゾロに話しかける。
「じゃあ、おれが、特別に教えてやろう!」

   サンジがゾロに言うのを聞きながら、一番アテになりそうもねえな、とウソップは思ったが、賢明にも何も言わなかった。

「口説き方は、ケースバイケース、時と場合と相手に応じて色々だけどよ。天然ちゃん相手だったら、はっきり分かるように、好きだ、付き合ってくれってストレートに言うのが一番だな。遠回しに言っても、分かってもらえないかもしれねえからな」

 ストレート……。あー、サンジはやっぱりとことんアホだなあ、とウソップは思った。
そりゃー口説き方じゃなくて、コクり方だし。しかも成功率は低そうだ。ってか、そもそもいきなりコクハクするバカはいねえよなあ。中学生のコクハクじゃあるまいし、と内心ツッコむ。フツウは相手の気持ちをある程度探るもんだ。イキナリ、コクってどうするよ。相手を驚かすだけだろうに。でも仕方ない。アホの上に酔っ払いの言うことなんて無責任発言と相場が決まってる。こんな他愛ないハナシ、誰にも迷惑かけねえし、いくらゾロでもそんなの本気にしねえだろ、と考えてスルーすることにする。

「あとな、壁ドンとか顎クイとか、レディの憧れのシチュエーションで攻めたらバッチリだ」
「壁ドン?」
「こう、壁に手をついて、レディを腕の中に囲むわけだ」
サンジはゾロを相手に実演して見せた。ゾロがイヤそうに顔を顰め「わかった」と言って、サンジの肩を押し返して遠ざける。
「で、こっちが顎クイな?」
うるさそうな態度のゾロに頓着することなく、サンジはまたしてもゾロで再現した。ゾロの顎に手をかけて、くいっと顔を上げさせて自分の方を向かせる行為だ。
「ひゃー、すげえ凶悪なツラ!」
ゲラゲラと大笑いするサンジの手を、ゾロは邪険に振り払った。

 真のアホだな。
サンジを見てウソップは思う。あれに本気で憧れている女子が一体どれほどいるというのか。あれは恋人や憧れのイケメンにやってもらいたいってだけで、何とも思ってない男にやられたら嫌悪される以外の何物でもないだろう。あんな迫り方は一発アウトだ。実態を伴わない変な知識だけを仕入れているせいか、言ってることに現実味がまるでない。ヒトの話を信じやすく、騙されやすい性格のせいもあるのだろう。友達としては愛すべきバカなのだが、やっぱり女の子からは『男』扱いされないんだろうなあ。

 ひとしきり笑った後でサンジが言った。
「それにしてもガールズトークは最高だな!」
「はあ?」
ウソップはサンジのセリフに目を剥いた。ガールズトークぅ?!
サンジのキテレツな発言には耐性のあるウソップだが、流石にこれはひどい。絶句するウソップとゾロを尻目にサンジは自慢気に語った。
「さてはおまえら知らねえな?サッカートークつったら、サッカーについて語り合うことだろ?だから、本当のガールズトークってのはこうやって野郎どもが、好みのレディについて語り合うことなんだぞ。アマヨノシナサダメなんだぞ。古くからある語らいなんだぞ」

何を言ってんだ、とウソップは内心ため息をついた。こいつ、どこまでアホなんだ。きっと誰かにおちょくられたに違いない。
「サンジ、その話、誰かから聞いたのか?」
「ゼミで一緒のタエちゃん」

     あー、そりゃあ、からかわれているなー……。話の出処を聞いてウソップは確信した。
 やれやれ、間違いを訂正してやらねえと。サンジ、それは違うぞ。ガールズトークってのは、ガールについて喋ることじゃねえんだよ。そう言おうと口を開きかけたとき、ゾロに先を越された。

「ガールズトークなんてもん、おれにはできねえ相談だな」
「なんでだよ?!」
    口をとがらせて反駁するサンジを見て、ウソップは虚脱感におそわれた。
    たのむぞ、ゾロ。おれはいい加減、ツッコミ疲れしたからオマエがサンジに説明してやってくれよ。ガールが喋るからガールズトークなんであって、おれたち男が好みの女性についていくら語ったって、ガールズトークにはならねえんだよ、ってな。
     後を任せる心境で、ウソップは次にくるゾロの言葉を待った。ゾロは偉そうに言った。

「好みの奴がガールじゃねえからだ」

 …………。

 ウソップは耳に入った言葉を理解しようとしたが、脳が言葉を拒絶したのか意味がまるで分らない。危険予知センサーだけが激しく反応している。何か重大な危険が潜んでいるような気がする。いやいや。案ずることなかれ。ウソップは目をつぶった。
こうやって落ち着いて目を閉じて、そしてゆっくりと瞼をあけると、ほーーらそこには。

 そこにあったのは、熱っぽくサンジを見つめているゾロと、蛇ににらまれた蛙のごとくゾロに見つめられて身動きとれずに固まっているサンジだった。

 よし、逃げよう。ウソップは素早く立ち上がった。
「じゃ、おれ今日は帰るわ。またな!」
「あ、ちょっ……待っ……」
サンジが呼び止めた声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思う。ウソップはダッシュで部屋を去った。

 バタン。

    ドアが閉まる音が大きく響く。沈黙がおちた部屋に残されたのはゾロとサンジの二人だけ。

 サンジは震える声でゾロに告げた。
「おおおおおおまえも、今日は帰れよ!」
「今夜は帰りたくねえ!」
「おまえが言うな!」
「だめか?」
ごきりと音がしそうな様子でゾロは首をかしげた。
「おまえがそんなことしてもかわいくねーんだよ!」
心外だという顔つきでゾロは黙ってサンジを見つめた。

    強い視線にいたたまれない思いがする。透視されそうだ。洋服が溶けるかもしれない。

 ずい、とゾロが近づく。じり、とサンジが後ずさる。
ずい、じり、ずい、じり。ほどなくサンジの背中が壁にぶつかり退路は完全に断たれた。背中を冷や汗が伝う。ゾロの伸ばした手が、サンジの頬をかすめ、その背後の壁に置かれた。耳元に聞こえたドンという音は、思いのほか小さかった。

 これは、レディが憧れるシチュエーションナンバーワンの壁ドン……。サンジの心臓はバクバクはねた。確かにすっげー、ドキドキする……いや、ときめいているわけじゃねえぞ。このときめきは……恋?!……じゃねえよ!変だ!おれの心臓が変なんだ!

 黙っていたゾロが口を開いた。 「好きだ。つきあってくれ」

 何言ってんだあああー!
サンジは心の中で叫んだ。さきほど迂闊にも、この男にレクチャーしてしまった自分を呪いたい。サンジの頭に『後悔』の2文字が去来した。
どうせならもっと穏やかで婉曲な口説き方を教えればよかった。探りをいれるとか、さもなければ相手に逃げ道を与えるようなコクり方とか。その方がダメージが少なかったはずだ。
サンジの頭の中には、猛烈な勢いで感情も言葉も次々に浮かんでくるのに、身体は麻痺してしまったかのように全く動くことができなかった。身動きできないでいるサンジの顎を、ゾロの大きな手が掴みとり、強引に上向かせた。サンジの顎鬚をざらりとなでた掌は熱かった。半ば強制的に向きを変えられた視線の先にギラギラとしたゾロの目があった。見つめ合う。

 こんな目力のある男に見つめられてコクハクされたら、ひとたまりもない。目を逸らしたいのに逸らせない。落ちない者も落ちちまう。ダメだ。

 追い詰められて八方ふさがり。万事休すだ。打つ手など何一つ思いつかない。万策尽きた。いや。ひとつだけある。人間関係を崩さずに、この危機的状況から脱出可能な便利な答えがひとつある。『オトモダチ』だ。絶体絶命な状況に追い込まれた先で、脳裏に閃いた考えにサンジは飛びついた。活路が開けた。自分の経験値の高さがこんな時に役に立つとは!何事も経験だ。

 サンジは、やっとのことで言葉を発した。

「オトモダチから……」
     しまった!『オトモダチなら』と言おうとしたのに、俺のバカ。オトモダチからじゃ、今後オトモダチ以上に発展してっちまうじゃねえか!  違う、間違い、今のナシ!と言おうとしたその時。

「おう、わかった」
ゾロが満面の笑みでにっかりと笑った。


ずっきゅん。


普段は仏頂面の男の初めて見せる、心からの嬉しさを表した無邪気な笑顔はサンジの心に突き刺さった。

     断れない。この笑顔を曇らせるようなことは何一つ言えない。

 

 ゾロはその笑顔でサンジの心を掴み取ったのだった。

 

 

end