フォトジェニック

 

隠し撮りされた写真が何枚か、どういうわけだか巡りめぐってサンジのケータイにも届いた。

 夕暮れの教室。
東向きの教室は既に薄暗く、反対側の廊下に面した明り取りのくもりガラスの窓だけが西日に晒され明るい。開け放しのドアから斜めに深く差し込んでくる日差しと教室が作る影との境界線の辺りにサンジは座っていた。

「写真、”photograph” という単語は “photo” 光が  “graph”描いたもの、という意味なのよ」

英語の授業で先生が余談として語ったことを脈絡なく思い出す。
被写体が反射する光を集めた像。フォトグラフ。

別棟の音楽室で練習している吹奏楽器の音や、グラウンドで練習している運動部の連中の掛け声などが微かに聞こえてくるがもうすぐ部活終了の時刻だろう。

―― 見たくねえなあ。

ぼんやりとそう思った。

中学からの悪友のマリモ頭は愛想の欠片もないくせに女の子に人気があるのは知っていた。愛想はなかったけれどマリモには全国レベルの剣道の腕前があった。それから男らしい見てくれを持っていて、それと同時に女の子たちの心のどこかをうっかりと掴んでしまうような行動パターンも持っていた。もっともマリモに話しかけてお近づきになりたいという女の子にとってマリモ攻略はかなり困難を極めた。マリモの学校生活のほとんどは、部活で忙しくしているか部活で疲れて寝ているかのどちらかだから話しかける隙がないという単純な理由だ。それでマリモに思いを寄せる女の子たちは、騒ぎ立てるよりもひっそりと応援し、陰ながら写真をとったりして憧れを募らせてる子が多かった。

そんな女の子たちがとった写真が出回っているのは知っていて、もしも回ってきたら見ないで削除しようとサンジは思っていた。見ちゃいけないような気がしたからだ。

削除するつもりで操作ボタンに手をかけ、でもちょっとだけ見てみようと思ったのは怖いもの見たさだったのか出来心だったのか。

―― 見なきゃよかった。

隠し撮りだけあって、真正面からその姿をとらえている写真はない。体育館のキャットウォークから。昇降口の扉の影から。二階の理科室の窓から。横から斜めから後ろから。はては真上からなんてものもある。

そうやって本人に隠れて撮影された写真たちは、素人がとったこともあり技術的な面から言えば良い出来ではない。けれどもアングルだとか手ぶれだとか光の加減だとか、そんなテクニカルなものを越えたところでサンジの心に響いた。撮影した当人の気持ちが映しだされたような写真。思いが反射して結んだ像。

「この真上からとった写真なんてまるっきりマリモだなー」
くすりとサンジは笑った。笑ったけれども、これの1ショットを一生懸命撮ったであろう女の子のことは笑わない。

追いかけて追い求めて、いったいこの子はどんな気持ちで撮ったのだろう。待ち伏せて、どきどきしながら、好きという気持ちにおぼれそうになりながら、光差す一瞬を切り取りたいと願いながら。

「愛の力だよなあ」
写真をながめてサンジは独り言ちた。言わずにいれなかった。教室だけれど煙草が吸いたい気分だ。

「なにしてんだ」
不意に声をかけられて顔をあげると、被写体の当人が目の前にいてケータイを持つサンジの手元を覗きこむ。
「あー」
何でもねぇとか関係ねえとか、はぐらかすには遅すぎて、打つ手としては開き直るしかなかった。わざとらしく本人に写真を突き付けて見せる。
「おまえの写真、こうして出回ってんだとよ」
「あ?何で?」
「何で、じゃねえだろが、このトーヘンボク!健気なレディのなせる業だろが」
「迷惑だな」
「そういう事言うんじゃねえよ」

女の子たちの密やかで健気な恋心、誰かを思う気持ち、そういったものをまるで解さない男の言動に、ため息のひとつもつきたくなる。

人を思う気持ちを分かれとは言わない。他人にとやかく言われて理解するものではないし、いつか自然に否応なく分かる日がこの男にだって来ると思うからだ。
ただ。
おれは分かる、と思うだけだ。女の子たちの気持ちが。

――ああ、ったく、ホントーに腹の立つ男だよなあ。

真を写す。
写真の語源そのままに、いつだって裏表なく真を貫き通す男の姿は、精密なデジタル機器に写し取られても少しの歪みもなく素っ気ないほど潔い。格好つけることも見栄をはることもない男は虚像とは無縁だ。写真うつりがよい。
フォトジェニック。

少しだけむねがいたくなる。


+ 

 

―― なんだかよくわからねえが。
相手が座っているせいで、いつもはあまり拝むことのない友人の金髪頭のつむじを見ながら思う。
自分がこの教室へやってきたとき、夕日に映えてこの男は柔らかく光って見えた。声をかけずにはいられないほどに。手を伸ばしてしまいたくなるほどに。ただ、光は掴めないものだと知っているから。光を集めるその頭を。

―― せめて、撫でてみてえな。

そうゾロは思った。

 

 

 

end