カップル☆シートでつかまって

 白を基調にしたスタイリッシュで明るい雰囲気のカフェラウンジには、大きな窓に面して2席ずつの横並びの席が設けられていた。いわゆるカップルシートだ。窓からは海が望めて、夜になれば照明を落とされた店内からきらびやかな夜景を見ることができる。特別な相手とロマンチックなひと時を過ごす、あるいは大切な人との記念日にとっておきのシチュエーションを提供する、はたまた男性が本命の相手を口説く、そういう用途にはうってつけの窓際のシートが売りのベイフロントに建つその店は、カップルや女性に大いに人気があった。

 当然、サンジはそんなことチェック済みだ。それだけではない。いかにも女性好みのその店の窓際の席で並んで座った二人は、友達から恋人へと発展し、それが運命の相手ならばめでたくゴールインできるという、ありがたい噂話も入手したのだ。なんでもそのご利益にあずかりたい人たちが多すぎて、予約は受け付けない早い者勝ちの座席になったとか。そんな都市伝説のあれこれを教えてくれたのは会社の先輩のタエちゃんだ。確かな筋だ。大丈夫。信頼できる。よしコレだ!サンジはぐぐっと拳をにぎりしめた。これでおれも恋人をつかまえるのだ!物心ついたときから女の子が大好きで、モテないわけでは決してないのに、いい人どまりでステディな関係に持ち込めなかったサンジは、今度こそはと決意も新たにさっそくレディとのデートの約束をとりつけた。相手はマヤちゃんという名の取引先の受付嬢だ。

 デート当日。
 朝からはやる心を抑えながら仕事をし、終業時刻を待ちわびてサンジは会社を飛び出した。もちろん、途中で身だしなみのチェックは忘れない。ヘアスタイル、ひげの具合、まゆの巻き加減。万事オッケー!今日もダンディだ。

 ベルダッシュをしたおかげで目当ての座席を確保できた。なんというラッキー。予定の時間よりは早いが、先に入店して席で待つことにする。……こうやって窓辺で一人、海を眺めながらレディがやってくるのを待つオトナの男。漂うアンニュイ感。そうしているうちに「待たせてごめんなさい」と息をきらせながら小走りにやってくるカノジョ。そこでおれは優しく言う。「いや、謝る必要はないさ。むしろ君には礼をいう。君のことを考えながら待つという幸せな時間を与えてくれてありがとう、と」「サンジさん……」「そして今、君がきてくれたおかげでおれはさらに幸せになったよ」「サンジさんったら……」で、胸キュンしたカノジョとの仲は一段と深まるっていうスンポーだな!

「ここ空いてるよな」

 幸せな白昼夢をさまよっていたサンジは、不意にかけられた声に現実に引き戻された。えらくガタイのいい男が一人、サンジの隣の椅子の背に手をかけ、いままさに座ろうとしていた。敵だ。サンジの脳はその男をそう認識した。

「ちょっと待て!」
 サンジは断固とした口調で言った。
「そこは空いてねえよ」
 見てわかんねえのか、だれがどう見たって待ち合わせだろうがよ、このボケ!と心の中で悪態をつく。本当だったらソッコーで蹴り殺したいところだがここはレディもたくさん集まるオシャレなお店だ。自重する。

「あァ?空いてんだろうがよ」
 ところがその男には通用しないようだった。まるでわけがわからないというようにサンジを見る。あまりのボケっぷりにサンジはめまいがした。
「待ち合わせなんだよ、これから来るんだよ!」
 サンジは相手を睨みつけながらわざわざ説明してやった。よく見れば自分と同年代くらいと思われる男は、相当なオトコマエだった。髪の毛の色は奇抜な緑だったが。こんなイケメン、敵だ。レディの敵だ。レディの敵はおれの敵。
「ああそうか」
 男は平然と椅子をひくとそこに座った。

「おい!てめえ、人の話きいてんのか」
「聞こえてる。待ち合わせなんだろ、これから来るんだろ。でも今はいないんだろ。じゃ、いいじゃねえか」
 堂々とした男の態度に一瞬サンジは納得しかけた。いやいやいや違う違う。あやうく間違いを犯すところだった。間違ってるのはこいつだ。目の前の緑ヤロウだ。

「ふざけんなよ」
 サンジは思わず立ち上がった。男に指をつきつける。断固拒否しなければならない。
「そこに座るな!その席はおまえの席じゃねえ!」

 男は動じた様子もなくサンジを見上げた。
「落ち着けよ」
 突きつけられたサンジの指をやんわりと制して言う。
「まあ座れ。うるさくすると注目されるぞ」
 はっとして見回すと、他の客がちらちらとこちらを伺っている気配があった。腹が立つあまりうっかりと騒いでしまった。こんなところで男と口論なんてあらぬ噂を呼んでしまう。サンジは慌てて腰をおろすと声のボリュームを落として男に言った。

「あのな、そこはこれから待ち合わせの彼女が来るわけだ。分かるか?おまえでも分かるよな?だからどけ」
「ああ分かった。じゃ、その女が来るまで座らせろ」
「はあ?」
「その女がいつ来るんだか知らねえけどよ。来るまでは空席だろうが。来たらどくっつってんだから、それまで座ってたってなんの問題もねえだろうが」

 ジーザス!なんてこった。人間の言葉が全く通じねえ。藻類だからか?何が悲しくて見も知らぬ男とカップルシートに座らなくちゃならねんだ。こんな姿、万が一にも知り合いに見られたらホモ疑惑確定じゃねえか。店員はどうした。なんでこんな男を店の中に入れたんだ。
サンジは店員の姿を求めて店内を見回した。給仕をしている者、注文をとっている者、ほぼ全てのテーブルが埋まり、賑わっている店内でサンジの窮状に気付いたスタッフは一人もいなかった。アイコンタクトで呼ぼうにもこちらを見ている店員もいない。サンジはがっくりと肩をおとした。

「細かいこと気にするな」
 男が淡々と言った
「気にするわ!」
 むきー!とサンジは男を威嚇した。店内で暴れられない以上、やれることはこれくらいだ。

 夜の帳がおりて目の前にはきらびやかなイルミネーションが輝きだす。サンジの心は真っ暗だ。ううう、マヤちゃん早く来てくれよー。
 とその時、ぴるぴるぴるとサンジのケータイに着信があった。
「もしもし?!」
 慌てて応答する。ザザっというノイズの向こうでマヤちゃんの可愛い声が聞こえる……はずなのに。なんだかハッキリしない。
「もしもし!」
 店内で会話をするのはマナー違反だろうと、席をたって店外に出る。しかし結局ロクに会話できないままに電話はプツンと切れてしまった。さらなるガックリ感に襲われる。とぼとぼと席に戻ると、マリモのような緑頭の男は相変わらずそこにいて、いつの間にか注文したのか、なにやら飲み物まで手にしていたりして腹立たしいことこの上ない。
「てめえ、もうどけよ!」
 サンジは腹立ち紛れに言う。
「今電話があったんだよ。もう来るんだよ。だからどっか行けよ!」
 そんな会話は一切なかったが、多分そういうことを言おうとしてたに違いない。
「おおそうか。よかったな。でもコレまだ飲み終わってねえからな」
 男は悪びれもせずに言う。
「さっきも言ったが、来たら絶対にどくから心配すんな。来たらな」
「心配してるんじゃねえよ。おまえと一緒にいるのがヤなんだよ!」
「そうか?」
「おまえは変だと思うとか、恥ずかしいとか、疑問を持ったりとかねえのかよ!こんな、こんな……」
『カップルシートで男同士』とはサンジには言えなかった。あああああ、頭をかきむしりたい衝動にかられる。
「よさそうな席が空いてたから座っただけだ」
 男はケロリと言ってのけた。
「それに、いつ来るか分からねえおまえのマボロシの相手より、こうして飲み物注文して、この店の売上に貢献してるおれのほうが店にとっちゃ上客じゃねえか」
「マボロシじゃねえよ!」
 これほど話の通じないヤツと仲良く並んで夜景を眺めるなんて、神様、おれは前世にどんな罪を犯したというのでしょうか。それからカップルシートの神様。いらっしゃるならこれはどうぞノーカウントでお願いします。不可抗力です。単なる不幸なめぐり合わせです。一緒に座っているからってこれは運命の相手ではありません。むしろ敵です。
 サンジはなるべく相手の男を見ないように、隣の男から遠ざかるようにと身をよじった。しかしカップルシートというものは二人の間を親密にさせるようにできているものだ。どうしたって相手のことが目に入る。切れ長の涼しげな目元とか、輪郭のはっきりした男らしい顔立ちとか。背筋の伸びた惚れ惚れするような姿形とか。これはどう考えてもおれの敵だ。こんな男がレディを独り占めするから、世の中あぶれてしまう男ができるのだ。男女比は半々のはずなのに配分が偏ってしまうのは、こんな男のせいなのだ。許しがたい。