カップル☆シートでつかまって

 そういえば、待ち合わせの時間はもうとっくに過ぎたはずだ。サンジはふと気がついた。
「おまえ、飲み終わったよな!」
「まだ、相手が来てねえだろ?」
「レディは支度に時間がかかるもんなんだよ!遅刻するくらいでちょうどいいんだよ!」
「ほー?じゃあすっぽかされてるわけじゃねえんだな?」
「あたりまえだろが」
「なんでおまえから連絡しねえんだ」
「言われなくてもしてるわ、ボケ。でもな、レディを何度も急かすのは失礼だろが」
 サンジが喋っている隙に、男はそばを通りかかった店員に同じものをとちゃっかり注文してのけた。
「まだ居座るつもりかよ!?」
「おまえな、自分のおかれた状況をよく考えてみろ。寂しいヤツだなとか、すっぽかされたんじゃねえかとか周りに思われながら一人でいるのと、とりあえずおれが一緒にいるのと、どっちがいいんだ?」
「……」
 たしかにこんな場所で独り寂しく待っているよりは、それが男であっても誰かと一緒に居るほうがマシな気がした。
「じゃあ……、それじゃ、来るまでだからな!来たらすぐにどくんだぞ!あとマヤちゃんに挨拶とか余計なことしなくていいからな!」
おれの魅力を霞ませるような
 こんな男、レディに見せられるワケがねえ。

 男の目の前とサンジの前に涼しげな飲み物が置かれた。ジントニックのようだ。
「席を借りてる礼として、おれがおごる。一杯飲めよ」
 男がグラスを掲げた。思わずつられてカチンとグラスを合わせてしまう。お目当てのカノジョが来る前に酔っ払うわけにいかないので控えていたが、夜のこんな時間にいつまでもノンアルコールというわけにもいかない。喉も渇いていた。ぐいっと一気にグラスを空けてしまう。何かもう段々と色々どうでもよくなってきた。

 ――それにしても、遅いなあ……来てくれないのかなあ。あんなに「たのしみです!」って目をきらきらさせていたのに。社交辞令だったのかな。
サンジの心が少しばかり弱気になった時、ぴるぴるぴるとケータイにメールが着信した。来た!メールを確認する。
『件名:ごめんなさい』
 何故だろう。もうこの段階で涙がぶわっと出てくる。
『本文:どうしてもヘアスタイルが決まらなかったので今日はやっぱり行けません』やっぱりって何?ケータイを呆然と眺める。画面からのろのろとカオをあげると、こちらを見ている男と目が合った。

「来ないのか?」
「うるせー!髪型がお決まりにならねえんだよ!髪はレディの命なんだよ!健気だろ?!できるだけかわいくしてサイコーの状態でおれに会いたいんだよ!」
「ドタキャンか」
「うるせー!女心はミステリアスなんだ!」
「じゃあもう一杯付き合えよ」
 男は手馴れた様子で追加を注文すると、にやりとさんじにわらいかけた。口元から覗く白い歯にくらくらする。なんて野郎だ。まったくもって許しがたい。飲まずにはいられない。目の前に置かれたグラスをまたもやぐいっと流し込み、サンジは相手をねめつけた。
「マジでおまえ一体いつまでそこにいるつもりなんだよ」
「ああ?言ったろ?てめえの相手が来るまでだ」
「おまえがいつまでもそこにいるから来れねえんだよ」
「来ないのはおれのせいじゃないだろ?」
「う――」
「なんだフラれたのか」
「違う、断じて違うぞ!突然ちょっと急用がはいっちゃっただけだ」
「ああそうか。じゃあもう一杯飲むか。おまえも飲めよ」

「この席はなあ、おまえと座るような席じゃねーんだよ」
 泣きっ面にハチ…じゃなくて、すきっ腹に酒。アルコールにさほど強くないサンジはいい感じに酔ってきた。この身の不幸を誰かに言わずにはいられない。とりあえず手近にいる男に訴える。
「このシートはなあ、幸せなカップルが座るもんなんだ」
「へえ」
「おまえ知らないだろう、この席の伝説を。友達が恋人になっちゃうんだぞ!仲良くなっちゃうんだぞ!親密になっちゃうんだぞ!」
 ショックな出来事が多すぎて、細かいことはどうでもいいやと思っていたのが、アルコールの影響でタガが緩んで、もうどうにでもなれというヤケクソな気持ちになってきた。矢でも鉄砲でも見知らぬヤロウと二人でカップルシートだろうと何でも持って来いってんだ。受けて起つ!気合を入れてさらにもう一杯グラスをカラにしてから切々と隣の男に訴えかける。
「今日はなあ、おれにとって記念すべき日になる予定だったんだ。祝☆恋人ってな」
「へえへえ」
「人の話をマジメに聞けよ!」
「聞いてる」
 男は答えながらもすっとグラスを口にはこぶ。傾けたグラスにこくりと動く喉仏。腹が立つ。見とれる自分に腹が立つ!男がサンジを見て口を開く。
「要するに、この座席は特別な呪いがかかってて、一緒に座った人間はめでたくゴールインするってことだろ?」
「ちがーう!そんなんじゃねえし呪いでもねえ!もっとロマンチックな……」
「まわりくどい言葉はいらねえ。端的に言えばそういうこったろ?間違ってるか?」
「いや、間違ってるわけじゃねえけど」
「じゃあ、いいだろが。それに、おまえの質問はおれはお前の話を聞いてるかどうかって事だったろ?」
「まあ、そうだ」
「聞いてただろうが」
「おう、そうだな」
「で、おまえは待ち合わせ相手が来ないのはおれのせいだと言いたいんだろ?」
「おう、そうだ!分かってんじゃねえか。全レディの敵みてえなおまえのようなヤツに席を乗っ取られて、おれの運命の歯車が狂ったんだ。今日はおれの人生の記念日になるはずだったのに!てめえのせいで!どうやってこのオトシマエつけてくれるんだ。責任とれや!」

「わかった」
「ん?」
「責任とる」
「え?女の子、紹介してくれんの?」
「責任とっておれが仲良くなってやる」
「はぃ?」
「親密になりてえんだろ」
「ひ?」
「恋人ほしいんだろ」
「ふぇ?」
 男は慣れた様子で通りかかった店員にカードを渡して支払いをすませると、サンジの手を取って立ち上がった。

「いくぞ」
「へ?」
「ホテルだろうが天国だろうが、おまえのイキたい場所に連れてってやる」
「ほ……藻?」
「おれの名前はゾロだ」
 サンジのつぶやきをまるっと無視して男は言った。しかも絶対に放さないとばかりにゾロがサンジの手を捕まえているので逃げられない。ものすごく逃げたいのに逃げられない。サンジは叫んだ。
「ほもでもぞろでもなんでもいいが、敵!おまえはおれの敵だあああ!」
「明日の朝になればおれのことを素敵って言ってるはずだ」
「死んでも言わねええええ!」
「言わせてやるから覚悟しろ」
 

こうしてこの夜、サンジは運命の相手につかまった。

 

end