冬のはじまり


「明日は放射冷却によって今年一番の冷え込みになるでしょう」
 昨晩、テレビで気象予報士のお姉さまが言った通りに朝はひどく冷えていた。

 

「これを巻いてけ」
 風邪でもひかれたらたまらんとジジイがクローゼットからマフラーを引っ張り出してきてサンジの首にぐるぐると巻きつけた。ジジイは、素肌ができるだけ外気にあたらないようにと念入りに巻くので顔の半分が埋もれるほどだ。温かいけれど鼻の辺りが少しチクチクする。小さな手でもそもそと口元のマフラーの位置を直すとサンジはランドセルを背負った。

 「行ってきます!」
「気をつけて行け、チビなす」 

 えいやっと気合を入れて玄関を飛び出す。外に出れば吐く息が白い。寒いのは苦手だ。本当は温かい家に逆戻りしたい。けれどもサンジは重大な任務がある。

 「おはよー!ゾロ」
「おう」 

 近所に住む同い年のゾロを学校に連れて行くという重大な任務が。

 ゾロが極度にして不治の迷子症であると知ってしまった日から、サンジはゾロと一緒に登下校している。サンジとしては可愛い女子と一緒に登下校したいところだが、一人だったら学校へ辿りつけないし、家にも帰りつかないようなゾロを放っておくわけにはいかない。 

「寒いのか?」
 サンジの姿をジロジロ見てゾロが言った。ゾロはマフラーどころか上着さえも着ていない。あまつさえ半袖半ズボンだ。防寒着らしきものは腹巻だけ。ありえない。そんな格好でも平然としているゾロから訊かれると、オマエ弱っちいなと言われているような気がしてサンジは反射的に「寒くない」と答えた。途端にクシュンとくしゃみをひとつ。

 「嘘つけ、寒いんじゃねェか」
「こ、これは寒いんじゃなくて、マフラーが鼻のところでチクってしたから!」
「無理すんな。おれは寒くねェけどな」
「おれも寒くない」
「ぐるぐるがぐるぐる巻きになってるくせに」

 本当に鼻がムズムズしてクシャミが出たのに寒いからと勘違いされたうえ、ぐるぐるがぐるぐる巻きとは!こうなったら誤解を生じさせた不名誉なマフラーを脱ぎ捨て、寒くないという証拠を見せなければ。 

「おれはこんなのなくても平気だからな!」

  サンジは乱暴な手つきでマフラーをむしり取った。今までぬくぬくと温かかった首元が突然の冷気にさらされて反射的に首をすくめる。姿勢も自然に猫背になる。意気込んだ割に背中が丸まっているのは恰好がつかないが仕方ない。 

「バカ、おまえ、やめろって」 

 ゾロが焦ったような声をあげた。
 今まで厳重に隠されていた分、急にむき出しになったサンジの細い首はあまりにも無防備で、短く切り揃った金髪の襟足と白々とした首がひどく寒々しく見える。ゾロとしては、もこもこしたものを身につけたサンジがちょっとばかり可愛くて、ついからかってしまっただけなのだが、まさかこんな風にキレるとは思っていなかったのだ。寒さのせいだろうか。とりあえずなんとかしてサンジをあったかくしてやらないと。ゾロは咄嗟に愛用の腹巻を脱いでサンジの頭からズボッとかぶせた。

「にゃにすんだよ!」
 青い目をまん丸にしてサンジが大声で抗議する。びっくりした余りにうっかり噛んでしまったのはご愛敬だ。しかしゾロは聞き逃さなかった。
「……おまえ、今、にゃにって言ったぞ?」
「うううううるさい!」
 言い間違いを指摘され真っ赤になったサンジを見てゾロはひとしきり笑うとなぜか偉そうに言ってのけた。
「そのカッコで学校まで行ったら、おまえが『にゃー』って言ったのは黙っててやる」
「『にゃー』なんて言ってない!」
「『にゃに?』」
「……オロス!!」

 怒りながら飛び掛かってくるサンジをかわしてゾロは走り出した。当然のように学校とは正反対の方向へ。すぐさま「学校はそっちじゃない!」とサンジからの蹴りが背中のど真ん中にヒットする。

「いってェな、この暴力マユゲ!」
「迷子マリモ!」

 言い争いながら二人で一緒に登校する冬の始まり。

 

 end