犬猿の

 

世の中にはそりが合わない相手というのがいるものだ。やることなすこと気に食わない。理解できない。 いわゆる『犬猿の仲』というヤツだ。 そんな相手と狭い船上暮らしで四六時中一緒にいれば喧嘩にならないわけがない。 何事もなく過ごす、争わない、そういった最低限度な事でさえ難しい。距離感が全くつかめない。

けれど、どういうわけだか時折、誰よりも何よりも息が合うことがある。以心伝心。完全なる相棒。もう一人の自分。何も言わなくても相手に通じる感覚を持てるのは一番腹の立つ相手で、そんな相手に出会うのは初めてなのだった。

だからこそ戸惑う。 徹底的に相容れないのならばそれなりに付き合い方というものも模索できたろうに。

嫌いなら無視すればいいだけなのに、無視できないのは相手のことを意識しているからだ、という簡単なことが当事者二人だけが分かっていない。 ただお互いに、自分の心の中にある気持ちに気付かないまま気が合わないと思っている。

ゾロは思っている。おれはそんなに嫌いじゃない。
サンジは思っている。おれは別に嫌ってない。

結局同じ事を考えているあたり、気が合うといえる。問題はそれが相手に全く通じてないことだ。

ゾロは思っている。やつはおれのことを嫌っている。おれがどんなに気を遣っても響いてないようだ。
サンジは思っている。あいつはおれのことを嫌いだ。おれの好意は無駄になるばかり。

やはり同じ事を考えている。非常に気が合っている。問題は、その気持ちが相手に通じていないことではなくて、その認識が間違ったものであることだ。

あいつら仲いいよな、と船長は思っている。
あいつら似たもの同士だよな、と狙撃手は思っている。
あの二人、これ以上仲良くなられたら鬱陶しいから放っておこう、と航海士は思っている。
もっと素直になって普通に仲良くすればいいのに、と船医は思っている。
ふふふ、意地はっちゃってかわいらしいわね、と考古学者は思っている。

でもみんな、馬に蹴られて死ぬのはいやだと思っているから黙っている。

当事者の二人だけが、相手のことも自分のこともわかってない。 わからないまま喧嘩を繰り返す。

そんな『犬猿の仲良し』。

 

 

end