上陸した島の宿で、コックと同室になった。よくあることだ。
先にシャワーを浴びたコックは当然のように先に眠りについた。よくあることだ。
こうやって同じ部屋になり、眠るコックをただ眺める。これもよくある。
よくあることだが、もういいんじゃねえか、と思う。
コックは眠る。眠るための宿なのだから当然だ。
一方おれは眠れない。眠れない理由はもう分かっている。コックが目の前で無防備に眠っているからだ。
欲しいものをなぜ我慢しなくてはいけないのか。求めるものにどうして手を伸ばしてはいけないのか。
これまで何度も考えた。仲間とか信頼とか、そういったものも含めて。
そして出た結論は、我慢はもう十分した、だから遠慮なく手を伸ばそう、だった。
近寄ってみた。よく寝ている。
「襲うぞ。」口に出してみる。
返事はない。
返事がないのは肯定なのか。返事がないのに襲うのは卑怯なのか。そのままの態勢で少しとどまって考える。
距離を少しずつ詰める。
一気にいかないのは、絶対に逃がしたくないという気持ちがあるからだ。焦って相手に気取られて、抵抗されたり逃げられたり。こんなに長い間待ったのだ。最後のツメを焦ったせいで失敗したくない。
獲物をねらう野生動物が気配を殺して忍び寄るようにゆっくりと近づく。じりじりと距離をつめるにつれて、コックが放つ体温や匂い強まってゆく。
突如、覚醒の気配もないままにコックの目が開いた。一瞬虚を突かれた。
見詰め合う。コックの目は恐れも嫌悪も驚きも表してはいなかった。
自分にしたところで後ろめたさはない。悪いことをしているつもりなどないからだ。
腹が減ったから食べ物を得る。それは純粋な生命維持の欲求で、そこに罪悪感などないのと同じだ。
その証拠に腹が減っても食べ物でないものは口にしない。欲求の向かう先は常に正しい。本能だからだ。生物が誰に教わったわけでもないのに正しい餌をとり、正しい相手と繁殖するのといっしょだ。自分がこの男を求めることも当たり前のことだ。水が高いところから低いところへと流れるのと同じくらい自然なことだ。間違ってない。
「おそわねえの。」静かな声がした。「おまえが襲わないんだったら、おれが襲うけど。」
ひとつだけ間違っていた。
飢えていたのはおれ一人ではなかった。
求めていたのではない。求め合っていたのだ。
end