Good night

 いい夜だった。

 波は穏やか、風は涼やか、仲間は欠けることなく皆揃い、憂いなく宴に興じた。何枚もの皿と杯が空になった。大いに食べ、大いに飲み、歌って笑ってさんざん騒いだ。

 食べ過ぎ飲み過ぎはしゃぎ過ぎで疲れ果てた者達は、一人また一人と宴の戦線を離脱していき、気持ちの良い芝生甲板のあちこちに沈没していった。はちきれそうな腹を抱えて横たわっている者、鼻ちょうちんで高いびきの者、ちんまりと丸まって寝こけている者、寝姿はそれぞれだが皆一様に幸せそうな表情で夢の国をさまよっている。先ほどまでコックに傅かれ、特等席に鎮座ましましていた女性二人がおやすみなさいの挨拶を残し連れ立って部屋へ消えると、この場で起きているのはゾロ一人となった。

 穏やかな眠りに沈んだ船の周りには、楽しかった宴の余韻が漂っているようだった。静かな海の控えめな波の音やロープを渡る風の音に紛れて、宴のさざめきが耳の奥にまだ聞こえている。

 瓶から直接酒を呷っていたゾロは、もう一滴も出なくなった瓶を持ったまま音もなく立ち上がった。
騒ぎ立てた割には、甲板の上は既にあらかた片付いていた。宴の前に「空いたお皿やジョッキなんかをキッチンへ運ぶと、お駄賃として何か一口もらえるわよ。ね、そうよね?サンジくん」とナミが言っていた。それを聞いた船医や狙撃手などが、ご褒美目当てに皿を運んでいたのは事実だが、久しぶりに全員がそろった宴会だというのに落ち着いて飲み食いするでもなく、やれ料理だ飲み物だと忙しなく動き回っていたコックの働きのせいには違いない。そしてきっと今頃まだ皿洗いだなんだと働いているのだろう。ゾロはベンチの下の暗がりに転がっていた空き瓶を見つけて拾い上げると、この船でもう一人だけ起きている男のいる場所へ足を向けた。

 明り取りの丸窓のついた扉をあけると、ニコチン中毒のこの部屋の主はくわえ煙草で案の定、洗い物をしているところだった。カウンターの上には、本日消費された酒の空瓶が陳列品の如くずらりと並んでいたが、それ以外はテーブルの上もきちんと整っていていつも通りだ。

「よう、本日の主役」

 サンジはチンピラめいた口調で、ゾロの肩から斜めにかけられた襷の文字を棒読みした。器用なウソップが以前、誰かの為に作った襷で、以来、誕生日の宴会のときには、当事者はこれを身につけることになっている。そうしないと、何のための宴会なのか誰も分からなくなってしまうからだ。現に今、ゾロは自分でも今日の宴会の趣旨を忘れていた。

―――いつもに比べて妙にいい酒が出てきていたのはそういうことか。

 ゾロは襷を外しながら持ってきた空の酒瓶を渡そうとして失敗した。腕と首のあたりで布が絡まってしまったのだ。
「このバカチンが。いっぺんにやるなって」
サンジのあきれたような声にカチンと来て、引きちぎろうと力を込めたところで、助けが入る。器用な手はゾロが抱えていた空き瓶を受け取ると襷を難なく外した。

「主役降板だな」
「何か一口くれ」

 ニヤニヤするサンジにゾロは言ってみた。片づけを手伝うと何か貰えるのは誰でもよかったはずだ。いつもならこんなこと言ったところで一蹴される(文字通り蹴られる)が、今日は許されるだろう。なにせ主役だ。

「ははは」

 サンジは一瞬目を丸くしたものの、大口を開けて楽しそうに笑った。自分が生まれた日をことさら特別視する気持ちはないが、こんな笑顔をみるための口実になるのなら誕生日ってのもいいんじゃねェかとゾロは思った。