knit

 ふと目が覚めた。波の音が聞こえない。そういえば久しぶりの陸だった。見慣れぬ部屋の窓から見える月の様子から起きる時間にはまだ早いと知る。寝ているのはスプリングのあるダブルベッド。安宿だから広くはねェが、いつもの狭くて硬いボンクに比べたら手足を伸ばして乗られるだけのスペースは十分ある。こんな時くらいのびのびゆったり寝るべきだ。それなのに、いつも以上に窮屈で暑苦しいのは、大の男が二人でくっついて寝ているからで、しかもおれときたら、鍛えあげた筋肉のついたマリモ野郎にがっしりと抱き込まれていたりして、なんというベッドの無駄遣い。せっかくのベッド、使い方を間違ってるとしか思えねェ。使い方って言っちゃ、寝る前にさんざんベッドの耐久性の限界に挑戦するような使い方をしたけどな。ついでに言うと壁の防音性を診断するような使い方も。……って、アホか、おれ。思い出してどうする。もうひと眠りしよう。……の前に、水が飲みてェ。喉がカラカラだ。

 備え付けの冷蔵庫へはこの太い腕の戒めから抜け出ない限りたどり着かない。おれの喉が渇いている原因は多分にマリモのせいなのに、コイツの拘束のせいで水も飲めないってどういうことだ。腹立ちまぎれに鼻でもつまんでやろうと抱き枕のようにおれを抱え込んで穏やかな寝息をたてている男の顔を間近にみたら、あまりに健やかな寝顔にそんな気が失せた。ま、これだけ熟睡しているからにはちょっとやそっとじゃ起きねェだろう。そう思って、腕の中で向きを変えたら逃がすまいとするように腰のあたりに回されていた腕の力が強まった。逃げねェよ、バカ。何かを警戒するようにマリモの体がこわばるところを、軽く抱きしめてやって緊張を解く。大サービスで広いデコにちゅっとくちびるを寄せ、安心したように腕の力がさらに緩んだところで、マリモの腕の中に枕を二つほど身代わりに押し込み、そろりとかつ素早くベッドから抜け出した。空蝉の術だ、流石おれ。やっとありつけた冷たいボトルの水で喉を潤す。

 思いのほか明るい月の光が部屋に差し込む。マリモを見れば、押し込んだ枕をぎゅうっと抱きしめ、それから何かに気付いたのか、眉間にしわを寄せ、片方の腕は枕を抱いたまま、もう片方の腕で周囲を探りはじめた。もちろん寝たままで。これって、おれを探してんだよなァ?ぽむぽむと手探りでシーツを叩く仕草が子供っぽい。目当てのモノがなかなか発見できないもどかしさからマリモの表情がどんどん凶悪になる。それでも目を覚ます様子がないのがマリモらしい。必死におれを探すなんてバカじゃねェの。おれはひっそりと赤くなった。いや、どうせ暗いから見えないし誰も見ちゃいねェけど。床に落ちていたボトムのポケットから煙草を取り出して火をつける。部屋に漂う煙草のにおいに気付いたのか気付かないのか、不満げにしかめられたマリモの眉間が少しだけ緩んだ気もする。なんだよ、コレ。やべえ、可愛い。この凶悪な顔が可愛いとか、おれ、もうオシマイだ。イカレてる。イカレている証拠に、まだ半分ほど残っていた煙草をひねりつぶした。

 それから、いまだに無意識に手を動かしてシーツをまさぐっている男が眉間のしわを消して憂いなく安眠できるように、広くて柔らかなベッドの硬い筋肉で囲われた狭い腕の間にそっともぐりこんだ。

 

end