食い物のことなんて特に考えたことはない。口に入ればいいし、腹にたまればいいし、毒じゃなければいい。美味いに越したことはないが、美味くなくても問題ない。不味かろうがどうでもいい、生命維持に必要ならば食う。
——そんな風に思っていた。コックに会うまでは。
おれが船長と出会って海に出てから、旅も旅の仲間もめまぐるしく変わった。ナミに会い、ウソップが仲間となり、コックがやって来て、ビビが船に乗り込み、トナカイが加わった。ビビの下船と入れ替わりにロビンが乗船し、何やかんやあって船大工も仲間になり、メリーと別れた。新しい仲間はサニーといってコック念願の立派なダイニングが備えられている。真新しいこの場所はまだ馴染みがないけれど少しずつまた親しみのもてる場所になっていくに違いない。
「今日のツマミ」
夜のダイニングにコックと二人。いつの間にか習慣のようになったささやかな飲み会で出された酒の肴は、妙ちきりんな見てくれをしていた。茶色と白の渦巻き模様の何かとでも言おうか。だて巻きやナルトなどのような何某かをスライスしたものと思われるのだが全く分からない。
個人的なシュミで言えばぐるぐるしたものには愛着があるから見た目は好ましい。が、はてこれは一体なんだろうと首をかしげているとコックが自慢げに宣った。
「イブリヅケがとうとう完成した」
「イブリヅケ?」
「てめェ、まさか自分で言っておいて忘れてンじゃねェだろうな」
いや、覚えてる。あれはコックが船に乗り込んでからさほど時間が経ってない頃だ。未知の生物であるこの男を警戒し、仲間として相応しい人間かどうか用心しながら距離感を探っていた時代の話だ。共通の話題もなく言葉でのコミュニケーションはとれないから、斬ったり蹴ったりが主な意思疎通手段だった。そんな原始的な時代を少しばかり過ごした後、こいつの守備範囲である食い物に関する話題を介在すればなんとか平和的な対話が成り立つようになった時期が到来した。お互いそのことをはっきり認識しちゃいなかったが、食い物のことであれば暴力に頼らなくても間が持つってんで、コックはおれから話を聞き出そうとし、おれとしては不得意分野ながらも食い物の話をしたというか、話をさせられた記憶がある。今にして思えば、相手に興味がなければ会話などする必要はなかったのに、それをしなかったという点で、色々お察しだ。相手を知りたいと思う気持ちは好意の表れなわけだからして。
で、そんときの話題のひとつがツケモノだった。
「いつの間に。本当に作ったのか」
作り方なぞ知らないおれは、なんのヒントにもならないようなことを言ったと思うが、あんなどうにもならない言葉から、よもや現物が出来上がるとは。さすがコック。
「海の一流コック、なめんな」
忙しい日常生活の合間を縫って人知れず仕込んで育てていたという。メリー育ちだぜ、とわざと軽く言う声の調子に、懐かしくて温かく思い出深いあの場所に対するコイツの気持ちの深さを思った。それはおれも同じ気持ちだから心して食わねばならない。
「イブリヅケとクリームチーズの渦巻きでございます」
恭しく告げられた料理名を聞き、やっぱりクリームチーズかよと思った。尤も、こんなもんは島に立ち寄ったときにでも仕入れているものだとばかり思っていたが、聞けば手作りだってンだから恐れ入るばかりだ。ただまァ、相変わらず素っ頓狂な組み合わせではある。作り方の見当はつかねェが、白い部分クリームチーズで茶色の部分がいぶり漬けらしい。
今更、コックがどんな組み合わせを出そうが驚きはしない(いや驚くけれど、一見してからしゃーねェなと受け入れるまでのスピードが上がったというべきか)が、それにしてもこいつは普通の食材を普通に出すことをしねェな。切って出す、以上。で十分だろうに。
「今、おまえ、そのまま切って出せばいいのにって思ったろ」
「手間なんじゃねェのかと」
おれに対して手をかけてくれるのは嬉しいしありがたい。でもおれに対してくらい、手をかけず手抜きでも構わねェってことを、いい加減分かれ。
「どうせそんなこと言うと思ったからこっちも用意してあんぞ」
切っただけのイブリヅケが乗っかった小皿が差し出される。クリームチーズがないだけでも安心できる。爪楊枝が添えられていたが、指で直につまんで口に放り込んで味わい、酒を一口。佳し。やっぱりこのままで十分じゃねェか。
けれど、食べ比べてみれば結局のところコックが手をかけた皿の方がずっと美味かった。
コックに騙された気にさせられるのはもう慣れた。腹が満ちて幸せになるほどに。
いつもおれはコックにいっぱい食わされている。
end