からすみフルーツ

何かにかこつけてとりあえず宴という名の飲み会を催す一味だが、その時も青海カムバック記念とかなんとか、名目なぞは覚えちゃいないが、船長の一存で大騒ぎをしていた。
 
「おー、飲んでるかーマリモー」
 コックがグラスを片手によろよろと歩いてきて隣に座りこんだ。さっきまでナミにつきあわされていたから、相当飲まされたはずだ。別にコイツは酒が弱いわけじゃねェが、ナミに張り合えるほど強くねェ。もっともおれ以外でナミに張り合えるヤツを見たことがねェが。

 珍しく手ぶらだった。ツマミの期待なんぞしていないが、コックが来ると何かオツなものにありつけるんじゃねェかとか思っちまう自分がヤバい気がする。どんな条件反射だ。まったく、いまいましい。
 コイツはおれが飲んでいると「つまみ無しで飲むなんて」と空酒を許さない。おれとしては当初こそ、うるせェ酒だけで十分だ、好きなように飲ませろと反発していたが、コックの肴が思いのほか美味く、美味い肴で酒もうまい。コイツはおれに飲みすぎだとか文句を言うが、コックが作る肴がなければおれも飲みすぎることはないわけで、おれの酒量が多いことの責任の大半はコックにある。

 ヨッパライ特有の呂律がまわらないような舌ったらずな口調で、ナミとロビンを誉めそやし、ルフィのつまみ食い攻撃をかわしながら今日の料理をどのように準備したかなどを暫く一方的に喋っていたと思ったら、急に「そうだ」と立ち上がった。

 そのままラウンジの方向へ歩いて行く意外としっかりした足取りの後ろ姿を見やりながら、コイツ本当はそんなに酔っぱらっちゃいねェんじゃねえかという気がした。

 コックの存在に慣れ、いるのが当たり前になった。戦力として問題ない。仲間としても認めている。認めちゃいるが、まるで違う鞘に刀をいれたような反りの合わない感じがずっとつきまとっている。仲間という鞘にコックはおさまらない。食い違う何かがはっきりしないまま、苛立つ気持ちをなんとかするために、おれもコックも喧嘩でもしなけりゃ相手と対峙することはできない。あるいは酒、もしくは料理を間に挟むか。おれは酔わねェから酔いを口実にすることはねェが、コックは酔っぱらったとかの理由でもない限り本心を素直に表そうとはしない。

 ほどなく戻ってきたコックは手にしていた皿をおれに差し出した。なんだ、やっぱりあるんじゃねェか、ツマミが。
 皿の上には濃いオレンジ色の平べったい小片と同じくらいの大きさの白っぽい何かが爪楊枝で一緒に留められている。色合い的には、以前ツマミとして以前出されたクリームチーズとスモークサーモンに似ているが、今回のはあれよりはもう少し乾いた印象の食い物だ。
「なんだこりゃ?」
「ボッタルガ。カラスミとも言うな」
 カラスミか。どこぞの島で、酒場のオヤジがサービスしてくれたことがあった。個人的にはありがたがるほどウマいという代物ではなかったが、濃厚で米の酒に合う悪くない味だった。
「この間てめェが釣った魚で作った」
「魚?」
「身の方はその日の夕飯にしたけどな。これはその卵を塩漬けして干して作ったモンだ」
 悪くねェ。ちょうど塩気が欲しかったところだ。白っぽいのがなんだか分からないが大根か何かだろうかと爪楊枝をひとつつまんだら。
「それはリンゴと合わせたやつだけど、こっちは梨」
 と毎度のことながらびっくりすることをコックが言いやがった。

 ——リンゴ? 梨?

 いや、だからなんでコイツはわざわざ物事を複雑にするんだ。カラスミってのはそのまま食えるものだろうが。ただ切って出すだけじゃダメなのか? なんで果物と一緒に出す必要がある? ひねくれているせいか? 巻いているせいか?
 
「意外な取り合わせかもしれねェけどよ、一口食ってみろって」
 このやりとりを一体何回したのか分からないが、このマユゲがコックとしてこの船に乗って以来、数々のおれの認識外の食べ物が提供されたが味のハズレはなかった。コイツはろくでもないヤツだが食べ物では騙さない。
 ただ、まあ、なんというか、おれの気持ちの問題として、コックの言うことを素直にきくような形になるのが気にくわない。まるで餌付けされてるみたいじゃねェか。
 なけなしの抵抗の態度として、しぶしぶと手を伸ばして口に入れる。

 ……ん? こいつァ……。

 コックの作り方がいいのもあるかもしれないが、以前口にしたカラスミとはまるで別物。旨味が深い。気になった果物との組み合わせも、リンゴの甘酸っぱさがコクのある塩辛さを引き立てて、まろやかな甘みすら感じるあとを引く旨味。

 これは美味い。酒もすすむ。こんなにグイグイ飲んでいたら美味いって言ってるようなもんだと思うが仕方ない。コックがしてやったりという顔になるのが癪だなと思わなくもない。

 隣でコックが煙草に火をつける。髪で隠れた側をこちらに向けた俯き加減の横顔の口元が少しだけ嬉しそうで、ひょっとして美味いとちゃんと口に出して言えば、もっと嬉しそうに笑うんじゃねェのか、笑った顔を見ることができるんじゃねェのか?

——いやちょっと待て、おれ。コックの笑った顔が見たいって、なんだそれ。

 不意に沸き上がった己の考えにぎょっとする。もっとも、おれを見ちゃいなかったコックは気づかないと思うが。内心の動揺を気取られぬようにコックの持ってきたツマミを口にポイポイと放り込んだ。

 カラスミとリンゴ、カラスミと梨。どちらも甲乙つけがたい絶妙な味わいでシャクシャク食っていたらココヤシ村での宴の夜、ルフィが「生ハムメロン」と騒いでいたのをふと思い出した。ハムにメロン、ずいぶん奇矯な組み合わせだと思ったが、コイツにとってはなんでもないことのようだったのを覚えている。ということは、カラスミに果物を合わせるのも似たようなものなんだろう。
 
 あの時にコックと初めてまともに会話をしたのだった。アーロンを倒し、ムラの医者に全治二年と診断された例の怪我を縫ってもらい、いつの間にか仲間になっていたコックのことを落ち着いた気持ちで改めて見ると、奇妙な形のレストランで初めて会った時の印象とは違って見えた。第一印象は、こじゃれたレストランのスカした態度の小生意気なウェイターで、正直、ルフィがコイツのどこを気に入ったのか分からなかった。うまいメシが作れるということであれば、あのレストランの他の人間でもよかっただろうし、オーナーだってよかったはずだ。片足だったがオーナーは相当強いだろうと思わせるオーラがあったし。だが、メシが作れて強いというだけでルフィが選んだわけじゃなかったのは、アーロン一味との闘いでわかった。薄っぺらい優男の外見からは想像もできないような気概、気性、主義。野望と信念に命を賭けるおれとは全く異なるが、どこか似ている気もした。気に食わねえ奴と思い、だからこそひどく気になったのだった。

 隣に座り、いつになく嬉しそうな様子でおれが食うさまを見ていたコックが「おれさ、あの時、ほんと、この船乗ってよかった」と最後の力を振り絞るように小さく呟いて寝てしまった。
 ぐらりと傾いたコックの頭がぽすんと右肩に乗っかる。無意識のコックがもたれかかってくる。温かい。のん気なヤツと呆れたような気持ちと、人の気も知らねェでといまいましいような気持ちに襲われる。とりあえずどかそうとコックの肩に手をかけたら、シャツ越しに伝わるぬくもりと骨の感触が掌にひどく生々しかった。
 肩の骨の形を確かめたい。布切れ越しではない肌の手触りを知りたい。この男の隠しもっている温度に触れたい。突如湧きあがった自分でもわけのわからない思いに一瞬たじろいだ。
 ——クソ。
 海に落ちてぐったりした船長を背負ってやったときも、酔っぱらったウソップを抱えて男部屋へ連れていってやったときも、当たり前だが何も感じない。波でぐらついた船が揺れた拍子に倒れ込んできたビビを抱きとめたときも、肩や脚を惜しげなく晒しているナミが足を滑らせたときに支えてやったときも、こんな思いはしないのに。

 コックの肩に置いた手を外せないまま、不安定な態勢のまま、途方に暮れたような気分のまま、普段はあり得ないような近い距離でコックの顔を見る。月明りの下ではにぶく光る髪、つるりとした感じの額、渦を巻いた不思議な眉、頑なに見せない顔の左側、見せている右側の閉ざされた瞼、白い頬、少しだけ緩んだ口元、伸ばそうとしているのか何なのかが謎の中途半端に生えている顎髭。無防備な寝顔。染みついた煙草の香の奥に潜む甘ったるいような香りと潮の匂い。

 おれの故郷シモツキに稲荷神社があった。稲荷神社は食べ物の神様として信仰され、人々は飢えのない豊かな暮らしを祈願していた。村では秋になると実った金色の稲穂が海の波のように揺れた。日の光に輝く稲穂は豊かな実りの象徴で、食べ物を司る神様の使いは狐の姿をしていた。こいつの髪と同じ色の金色の。
 おれは、神なんぞ信じてねぇ。不確かで目に見えなくて、自分の努力も何もかも覆してしまうものだからだ。あんな理不尽な存在を信じてどうする。けれど、目の前にいる確かなものならば信じられる。
 ——光る稲穂と同じ色の髪をした食べ物を司る男。
 右肩に乗っかったままの丸っこい頭に手を伸ばし、輝くように実る稲穂と同じ色の髪をそっとまさぐる。

 食い物の神様の使いに杯を捧げて飲み干した。
 
 おれは、おまえがこの船に乗って良かった。

 

 

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