一念

ロロノア・ゾロは一本気な男だ。

「バカみたいに」という形容詞を付けてもいい。

一徹である。一途である。 世界一の大剣豪になるという夢の為に日々訓練を怠らない姿がそれを証明している。これと定めた目標物に対する執着と、手に入れるための努力は常人には真似できない。

しかし、それが色恋沙汰にも発揮されるとは誰も思わなかった。飽きもせず愚直に暑苦しい鍛錬を反復するのと同様の手口で『好きだ付き合えおれのものになれ』と連日、目標物に言い続けるなどと。しかも、その相手というのが同じ船に乗る同性の料理人などと。

「バカみたいな」という形容詞をつけた方がいいんじゃないかしら、とナミは思う。

もちろんナミだって東の海で生まれ育った者として『恋はいつでもハリケーン』という諺を知っている。恋とは理性ではどうしようもない気持ちなのだから、好きになる相手を選べない。 けれど。 それにしても、あれほど成就する望みのなさそうな人を好きにならなくても、とゾロの気持ちを憐れに思う。同時に、あれほど成就する望みのなさそうな迫り方をしなくても、とゾロの頭を不憫に思う。

だって、どうみてもあれはアタック。文字通り攻撃であって、恋のアプローチではない。迫るではなく、攻めるだ。しかも猪突猛進。ああいうのを見ると、ゾロが好きになった相手がサンジくんでよかったと、心からナミは思う。普通の女の子だったら、あんな迫られ方、耐えられないだろう。ドン引きだ。わたしだったら嫌だ。そりゃあ、優柔不断な男よりも、強気にぐいぐい引っ張っていってくれる人の方が好ましいけれど、限度というものがある。

ゾロなんて、押してだめなら引いてみよという単純なかけひきさえもしない。知らないのかもしれない。押して押して押しまくり、蹴飛ばされては、迫って迫って迫りまくる。

「馬鹿よねえ。あんな風にイノシシみたいに迫られたら逃げるしかないと思わない?」 ナミはロビンに同意を求めた。 「そうね。あれしか方法を知らないんでしょうね。初恋かしら。不器用でかわいいわね」くすりと笑いながらロビンが答える。 「不器用にもほどがあるでしょうよ。『好きだ付き合えおれのものになれ』ってバカの一つ覚えも極まれりじゃない」 「あら、バカというのは時としてその愚かしさゆえに馬鹿にはできないものよ」ロビンは年上の余裕をもってナミをたしなめた。 「『虚仮(こけ)の一念』っていう言葉があるでしょう?愚直な人が思いを込めて一心に行うことを指す言葉よ。賢くない分、後先とか周囲の目とか余計な事を考えずにひたむきでいられるんじゃないかしら」 「虚仮の一念ねえ…。ゾロの場合、苔だけどね」あははーとナミは笑った。

会話するふたりの耳に、ゾロに迫られた料理人が怒鳴り返している声が聞こえてくる。「アホか。いやだ。ふざけんな!」そして蹴り飛ばされた剣士が海に落ちる音。ナミは盛大にため息をついた。

「ねえ、ロビン。たしか二週間前のサンジくんはもっと激しく拒絶してたわよね」 「そうね」 「一週間前だって、もう少し手ひどくあしらってたわよね」 「そうね」 「来週あたりはどうなるのかしら」 「さっきの言葉、『虚仮の一念岩をも通す』って続くのよ。強い信念をもってすればどんなことでも成し遂げられるんですって」にっこりと笑ってロビンは言った。 「その場合、『苔の一念、イヤよも通す』って言う方がふさわしいわね」ナミはうんざりとした様子で答えた。

一週間後、聡明な女性二人は、こけの一念というものが本当に何でも通してしまうことを知った。 

 

 

 

end