『青い糸~The third year』

あの日。

あの同窓会の夜、ふたりは第2ボタンを交換して、4年越しの想いも交換し合って恋人同士になったあの日から、2年が過ぎた。

☆☆☆

3年目。

サンジは2年間の調理の専門学校を修了し、今は実家のレストランのコックとして働いている。

残念ながら、ゾロ専属のコックではなくなってしまったが、会う度に腕を上げ、ゾロの好物を取り入れたゾロの為だけの特別な料理を作ってくれるサンジの想いが、ゾロにはとても嬉しかった。

遠距離恋愛のふたり。

普段のやり取りは電話かLINE。
ゾロはどちらも苦手だが、大抵はゾロの方から電話をした。
勿論用事がある時もあるが、主な理由はサンジの声を聞きたい、息遣いを感じたい、それだけだ。

サンジもそれは同じ。
これは内緒たが、ゾロからの連絡を待つのがサンジは好きだった。
わざとそうしているのかもしれない。

聞きたくて聞きたくて焦れた頃に入る、ゾロからの電話。
嬉しくて嬉しくて仕方ない声で、ゾロからの電話に出る。

喜びを押さえられない自分が、サンジはとても好きだった。
そんな自分の想いをゾロに伝えたくて伝えたくて仕方ないから、サンジはゾロからの連絡を待った。
やっぱりわざとだった。

☆☆☆

着信音。
ゾロからだ。

「ゾロ?!俺!」
「ああ。サンジ、俺だ」
「今どこだ?もうそっちを出るのか?」

少しの沈黙。

「…ゾロ?」
「…あー、悪ィ。サンジ」
「え?」
「あの…な。今日そっちに帰れねェんだ」
「…………」

サンジは一瞬頭の中が白くなってしまった。

「サンジ?」
「……そっか…。急用か?まさかおまえ、」
「…いや。体は元気だ。ちっと急な用事ができた」
「…ん。わかった。仕方ねェ…。大丈夫だ。ゾロ、気にすんな」

(…声は震えてねェか…?)

「…悪ィ。折角おまえ、今日早番にして貰ったのにな…」
「あー、気にすんな。明日は休みだし、ここんトコ忙しかったからゆっくり休むわ」
「そっか…。ごめんな、また連絡する。ちっと急いでんから」

うん了解、と言ってサンジは電話を切った。

自分の部屋のベッドに腰掛けて電話をしていたサンジは、携帯をぽん、と投げてそのまま体を投げ出した。

はあ、と天井を見ながら大きめな溜め息を吐いた。
すると鼻の奥がつん、としてきた。

(ヤベ…。泣きそ。ダメダメダメダメだ)

もう泣かさないから、サンジ――

ゾロにあの同窓会の夜に言われた言葉を思い出す。

そう、サンジはあれから泣いていない。

ゾロに会いたくて堪らない夜も、仕事がキツくて疲れた時にゾロの声が聞けた時も、寂しくても嬉しくてもゾロの為に泣く事はしなかった。

ゾロにそう言われたからだ。

(絶対泣かねェぜ…ゾロ)

サンジはベッドから起き上がった。
キッチンのテーブルには早朝から下拵えした料理が並んでいる。

ゾロの好物を取り入れた、ゾロの為に作った料理。

勿論、海鮮ちらし寿司もある。

(ジジィに分けて貰ったホタテ…食わせたかったな)

サンジは少し早いが、レストランに向かう準備をした。

実家のレストランは11時から20時までの営業だ。
明日は土曜日で定休日。
週の真ん中の水曜日がサンジの唯一の早番の日。
だけど今週は今日、つまり金曜日を早番にして貰った。

特別にだ。

ゾロが帰ってくるから。
そう言ったからだ。

遠距離恋愛のふたりが会えるのは、盆と正月、あとはゾロの剣道の都合に委ねるしかない。
スポーツ推薦で大学に入ったゾロは、文字通りの剣道漬けの毎日だ。
長期の休みも合宿や遠征試合でほとんど埋まっている。

要はこの2年の間でふたりが会った回数は、10回にも満たないのだ。

会うのは決まってサンジの部屋。
会えば当然、恋人同士の濃密な時間を過ごしている。

サンジはすでに、身も心もゾロに捧げたと言う訳だ。
勿論ゾロも、サンジに全てを捧げちゃっているのだ。

だから今日のイレギュラーの帰省は、サンジには飛び上がる程、嬉しい事だった。

今日は早番、明日は休み、ゾロの好物の料理。
海鮮ちらし寿司。

準備は万端だった所への、ドタキャン。

「次に会うのが楽しみだっつーの!」

サンジはわざと声に出して自分に発破を掛けた。

☆☆☆

サンジは午後6時過ぎにレストランを出て、アパートへ帰った。

用もなくなったし、このまま閉店までと、祖父に申し出たがあっさり断られた。
辛気くせェツラで仕事してんじゃねェ、と追い出されたのだ。

(ツラで料理作ってんじゃねえし)

祖父の言い様にむっとしたサンジだったが、それも祖父の気遣いだったかも知れないと思った。

キッチンのテーブルには、仕上げを待つばかりの料理が並んでいる。

お腹が空いているのに何もしたくないサンジは、着替えもしないでベッドに横になった。

「…ゾロ」

声に出したけど、返事はない。
隣にいないから。

サンジは携帯を確認して、小さな溜め息を落として目を閉じた。

☆☆☆

サンジはふと目が覚めた。
ドアをノックする音がする。

壁の時計を見ると午後9時10分。
レストランは閉店してる時間だ。

(ジジィかな…?)

サンジは体を起こしてベッドから降りた。
のろのろと、玄関へ向かう。

「サンジ」

(え?)

確かに聞こえたドア越しのその声は、紛れもないサンジの大切な人。

一気に胸が熱くなる。

「ゾロっ」

叫びながら、サンジが勢い良くドアを開けた。

「痛ってェ」

ゴン、と何かにぶつかる音がして、目の前に緑色の髪が現れた。

「ゾローーー!」
「サンジ!」

サンジは裸足でゾロに飛び付いた。

うっ、と唸り声はしたが、ゾロはしっかりとサンジを受け止めた。

180センチの男の本気を、181センチが受け止める。
伊達に鍛えてはいない。
素晴らしい。

「ゾロ…おまえどうして…」

急に力の抜けたサンジの体をゾロはしっかりホールドした。
ついでに唇をちゅっと啄んだ。
抜かりはない。

「あー、取り合えず中に入っていいか?」

玄関でサンジの腰をホールドしながら、笑顔でゾロが言った。

はっ、と気付いた様にサンジが言った。

「…あ、そだな。上がれや」

おう、と言いながらゾロはホールドを解いてサンジを解放し、ドアを閉めながら靴を脱いで上がった。

玄関を上がれば直ぐにキッチンだ。
嫌でも隠し様のない、ゾロの為の特別な料理が目に入る。

ゾロは足早に近づいて、立ったままテーブルに両手を着いた。

わくわく顔で料理とサンジを交互に見る。
可愛い。

そのゾロの様子を見たサンジが、先に口を開いた。

「あー、気にすんなよ。勝手にやったことだし…。ほら、おまえから電話が来る前に作っちまったんだ」

巻いた眉が少し下がる。

「それより、おまえ何で、」

続けて言い掛けた言葉は、ゾロに飲み込まれた。

ゾロはシンクの前に立ったままのサンジに近寄り、肩を掴みながら同時に唇を押し付けた。
ゾロの十八番の技だ。

サンジは喋っている途中だったので、開いた唇のその隙間に、ゾロの舌が当然のように滑り込んだ。

サンジの口の中の温度を確かめる様に、ゾロは端から端まで丁寧に舌を動かした。

かと思えば、ゾロが唇を離してサンジの耳元で囁いた。

「…続き。喋れよサンジ」

とろんとした青い目でゾロを見ながら、サンジはまた口を開いた。

「な…んで…ここに、」

サンジの言葉はまた途中で飲み込まれた。
さっきより強くゾロは唇を押し付けた。
これがやりたかったらしい。

ぶらぶらしていたサンジの両手をゾロは掴んで、自分の首に回させた。

ゾロは満足した様に片手をサンジの背中に、もう片方を丸い後頭部に差し込んで髪を弄った。

ふ、ふ、ふ、とサンジの息が荒くなる。
ゾロが角度を変えないでキスを続けるから、鼻で息をするしかないからだ。

サンジがゾロに口を塞がれてもう3分経った。
ゾロに吸われっぱなしの舌も、痺れてきた。

(う~、む…無理)

サンジは首に回した両手を下ろし、鋼の様なゾロの胸板を渾身の力を込めて押した。

ぷはっと、サンジの口が解放された。
苦しそうなのはサンジだけらしく、ゾロはまたサンジの唇を狙って顔を近づけてきた。

「も、無理だって!」

サンジはゾロにデコピンをした。

「痛ってェ」

良く見ると、ゾロの額かなり赤くなっている。
ゾロは大袈裟に両手で額を覆って見せた。

「だ、大丈夫か?おまえ…さっきドアでぶつけたろ?」
「……問題ねェ…これくれェの制裁は想定内だ」
「制裁…?」
「ああ」

サンジをは少し首を傾げた。
そして、はっ、と思い付いたような顔でゾロを睨んだ。

するとゾロがうっ、と少し後ろに引いた。

「おまえまさか、」
「あー、悪かったサンジ!そうだ、その通りだ…」

「「エイプリルフール!」」

ビンゴ。
声が被った。

はあーっと、サンジは今日1番の溜め息を吐いた。

ゾロはごめんな、と頭を下げた。