『恋愛』

 

魅力的なレディと出会えるかもしれない絶好の機会を放擲し、久々の陸での貴重な自由時間を薄暗い路地奥の安宿の一室のスプリングがやけにぎしぎしうるさく軋むベッドの上で、非生産的で無意味な営みに耽ることに費やしている。実に不毛である。陽射しの差し込まぬ部屋は真昼間だというのに薄暗い。自分なのか自分の上で腰を振っている男なのかどちらのモノとも区別できぬ荒い息遣いと鼓動と汗と吐息がぐちゃまぜになった空気に溺れる。
「…あ、…ぞ、ッ、」
 息を継ごうと開いた口からこぼれたのは曖昧な母音とクソヤロウの名の断片。実に莫迦らしく間抜けだが、一度こぼれてしまった声はぼろぼろとこぼれ続けた。揺さぶられるタイミングで勝手に口を吐く切れ切れの甘く掠れた喘ぎと、ベッドのスプリングがぎしぎし軋む音が間抜けにシンクロして矢鱈とにぎやかで、なんだか笑えた。
「…ふは、ッあ、」
 喉の奥から沸いた笑いの発作も済崩しで嬌声になる。その声に呼応するようにがつがつ遠慮無く突き上げる動きが早くなり、きつく抱き込まれた耳元でゾロが低くかみ殺すようなうめき声を洩らした。極薄を売りにした避妊用ゴム越しに放たれた熱を身体の内側で察知してふるえた。荒い息が耳を塞いでいる。抱き込まれている腕が緩むのを感じて、知らず強く巻きつけていた脚を緩める。ずるり、と身体を穿っていたモノが抜けた。ゾロが手際よく自身から外した物を、手を伸ばして攫う。ゾロは呆れたような目をして片眉を上げた。白濁の溜まった使用済みのゴムを、目の高さにぶら下げてまじまじと眺めながらつぶやいた。
「かわいそうになァ、なんにも生まれねェのに。」
 こんなゴムなんぞで隔てるまでもなく、どんなに交わっても生み育てる身体ではないこの身体は、何も宿さない。ゴムなしで中出しされたって、ちょっと腹を下すだけだ。生殖の為に排出される、生命のはじまりになるはずのモノは、おれとおまえの間ではただの薄汚い欲望の残骸でしかない。非生産的で無意味な営みの結末はごみ箱に放り込まれておしまい。体液に塗れた残骸を廃棄し、摘んでいた指先を適当にシーツにこすりつけた。煙草を探す為にのろのろとベッドから出ようとしたが、ゾロの低い声がそれを引き留めた。
「…生まれんのは、ガキばっかりじゃねえだろ。」
 その科白の意味するところが咄嗟に掴めずに、間抜けな顔をしてゾロを見返した。マリモはそんなこともわからねェのかというような顔をした。実に癪に障る。事後の倦怠に抗って思考をめぐらす。おれたちの間に生まれたもの。それは、例えば大海原をゆく船上だろうと久々の陸での貴重な自由時間であろうと、こうして抱き合うのはおまえだということの理由であるところの、この、感情、とか。
「…似合わねェよ。」
 おもいついた回答が冗談か嘘みたいだったので、咄嗟にそうつぶやいた。
「悪かったな。」
 軽い口調で、どうでもいい事のように返されたから、すこし慌てて応えた。
「悪いとは言ってねェだろ、」
 素直とは言い難いおれの科白に、ゾロは微かに目だけで笑った。
 煙草を手に取る代わりに、ベッドに仰向けに寝転んでいるゾロに覆いかぶさるようにしてくちづけを落とした。厳つい腕が下から伸ばされ、やわらかく背を抱く。
 実にくだらねえが、このぬくもりは無意味ではない。
 

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2015/04/19

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 大好きなやがわさん@オサカナブルー様に、「255654で『爾後、ゴム越し』テヘ(^<^)」的な語呂番申告をしたところ、こんなにも凄いゾロサンが……!絶句しました。言葉にならない。私のちゃらくもフザケた申告態度を激しく後悔しました。と同時に、グッジョブ私!とも思いました。そして、これは絶対に貰って飾っちゃうもんね!と決心して、現在に至る。
やがわさんのゾロサン海賊話の、分かってないけれど分かり合ってるサンジさんとゾロの絶妙な距離感、比類なき関係性が大好きなのです。夢を叶えるために、愛だの恋だのに現を抜かすわけにはいけないと自分に厳しいサンジさんと、そんなサンジさんごと全部抱えて前を目指すゾロ。目にも美しく耳にもやさしいやがわさんの文章にもいつもうっとりします。やがわさん、ありがとうございました。