『うらごし』

高校1年のゾロの隣の家には、4才の子どもがいる。名前はサンジ。両親と、母方の祖父と、4人で暮らしている。祖父は自ら経営するレストランの料理長、母親はそこで給仕と経理をしている。父親は、ゾロの父と同じ会社だ。社宅ではないのだが、近辺には同じ会社に勤めている人がけっこういるらしい。中でも、サンジの父とゾロの父は同じ部署にいたことがあるらしく、家族ぐるみの付き合いをしていた。
 サンジは保育園に行っていて、普段は母親が早めに仕事を終えて、迎えに行く。しかしこの1年、週に一度、ゾロが部活のない日には、ゾロがサンジを迎えに行くようになった。母親がいつもより長く仕事をして帰ってくるまでの間、ふたりで過ごすようになったのだ。サンジはゾロに懐いているし、ゾロも一人っ子だから、兄弟とはこういうものかと、味わうことができている。

 祖父の影響だろう、サンジは料理をするのが好きだ。今日も、さっきからせっせと何かを作っている。
「あち、あちっ」
「大丈夫か?」
「うん。これはおれがするから」
「何か手伝うか?」
「いいから、ゾロはまってて」
 レンジでチンしたのは、カボチャだろう。小さいのは、あらかじめ母親か祖父が切っておいたのに違いない。
 サンジはそれを、鍋をひっくり返したみたいなところに乗せて、ゴムっぽいヘラでごしごしやっていた。
「何してんだ? それ」
「うらごしだぞ!」
 えっへんとでもいう感じに胸を張って、サンジは答えた。それからすぐに、裏ごしを再開する。よく見れば鍋みたいなものの底は網になっている。そこを通して、細かく滑らかにするようだ。
 サンジの手の力が弱いためか、カボチャはゴムのヘラから逃げてしまう。なんとか押さえるのに、サンジの手は熱さで赤くなっていた。
「なァ、おれも何か手伝いたい」
 お願いするようにゾロが言うと、サンジは「しょうがねェなー」と嬉しそうににやけながら、粉を計ってふるいにかけるように命じた。ゾロはいそいそと、言われたとおりのことをする。

 なんとかカボチャの裏ごしを終えると、サンジはそれと、ゾロがふるった粉と、卵をまぜて、小さく形作った。サンジの次の命令により、ゾロは湯を沸かして、サンジが作ったものを茹でた。
「あとね、そっちのちいさいナベも、よわびにかけて」
「これ、何ができるんだ?」
「ニョッキだよ」
「にょ…?」
「ニョッキ。ゾロ、しらないの?」
 残念ながら、ゾロがこれまでに食べたことのないものだった。サンジの祖父のレストランは西洋料理を出しているから、きっと西洋のものなのだろう。ゾロの家は、和食が多い。
 サンジも説明をする言葉までは持っていなかった。火を使うところや危ないところはゾロの役目なので、茹であがったニョッキをザルに上げて、ソースに絡めるところまでして、サンジに託した。サンジはそれを、二つの皿にきれいに盛り付ける。
 祖父が作っていったのだろうソースは白くて、鮭が入っていた。

 食卓で待つように言われたのでおとなしく座っていたゾロの前に、できあがった皿が運ばれる。
「しゃっ……」
「?」
「しゃっ、しゃっ、サ、ケ、の、クリームソースのニョッキです」
 ものすごく言いにくそうにしながら、恭しい仕草で皿をゾロの前に置く。
「シャケでいいだろ?」
「そんなっ! おれもう、あかちゃんじゃねェし!」
 まァ確かに、赤ちゃんと言うには、サンジはもう大きい。それに、鮭はサケと読むのが正しいんだろう。しかし地域的にゾロもシャケと言うし、別に赤ちゃん言葉というわけでもない。
 ただ、意地を張ってシャケと言わないサンジは、ちょっとばかりかわいかったので、放っておくことにした。

 そういえば、と、ゾロは数日前に高校であったことを思い出す。
 同級生のナミが、髪に結んだリボンについて、懸命にルフィにアピールしていた。
「ね、かわいいでしょ。新色なのよ」
 残念だが、ルフィにそんなことを言っても無駄なことは、ゾロもよく知っている。ルフィとは小学校からの友だちなのだ。高校から親しくなったナミもきっと薄々はわかっているだろうに、懲りずにいろいろ言っていた。
「ルフィ、見てよ。サーモンピンクなの」
 熱心なアピールに、ルフィはようやく目を向けた。
「サーモン? 鮭か。そっか、確かにうまほーだなー」
 ナミはがっくりと肩を落とした。

「なァ、お前、シャケを英語で何ていうか知ってるか?」
「えいご? しらねェ! ゾロ、しってんのか? カッコイイな、おしえてくれよ」
 目を輝かせて訊くサンジに、ゾロは「サーモンだ」と教えてやった。
「おおお」と想像以上に感心した様子を見せて、サンジはゾロの前の皿を取って、再度恭しく置きなおした。

「シャーモンのクリームソースのニョッキです」

 その後すぐにハッと気づいて、両手をパーにして真っ赤になった顔を覆うサンジに、ゾロも「おおお」と唸った。
 かわいいなぁ、シャンジは。

 

 

 

 15/03/04 (Wed) 1:34

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酒菜あみ様のサイト『Honey Leaf』さま内にあるphoto diary≪ときめきの居場所≫。2015年3月4日(水)に、このお話が掲載されてました。
「おおお」ってなりますよね?!なるよね!!しかも「Bのk様に捧ぐ。」って書いてある……何度読んでも書いてある!夢じゃないよ!!
というわけで「あのーあのー『Bのk様』とはワタクシで間違いないでしょうか?……だったら……ください!」と分もわきまえず図々しくもお願いしたところ、いいですよと仰っていただいたので、あみ様の気が変わらないうちに頂いてまいりました。すごい。
あみ様の手にかかれば、あんなしょうもない日記とお返事が、こんなに愛らしい作品になるのです。驚きです。あみ様の手は魔法の手。
どうもありがとうございました!