恋愛指南塾

翌週。

サンジはいそいそと外出した。例の『恋愛指南塾』の無料講習を受けるためだ。

半信半疑、恐る恐る電話をかけたサンジに対し、ポートガスとかいう名字の塾長は非常にフレンドリーにサンジの悩みに共感し、かつなかなか含蓄のあることを言ってくれた。 

「こういうの、口下手でダサい男が受講するもんだって思ってるだろう?」

「違うんだよ~。女の子とそこそこ楽しく話ができるのに、イマイチ決め手に欠ける男が世の中多いからね~。優しいっていうかさあ。キミもそのクチ?ウチの塾はそういう男を助けてあげたいのさ。」

「だって、女の子と恋愛するのは自然なことだろ?恋愛できれば楽しいし、うまく結婚とかできたら少子化対策にもなるし。社会貢献だよ。」

「そうそう。まあ婚活みたいなものだから。全く後ろ暗いことないから。彼女がいないのは、単に出会いがないだけでしょ?出会いを自分で作りましょう、作ったら成功させましょうってのが趣旨だから」

「彼女ができないまま年をとって、ある日突然焦りに駆られてやみくもに彼女探しに走る、ってのは最悪なパターンだからさあ、そうなる前に電話してくれたキミ、なかなか先見の明があるよ」

「初回講習はうちの講師がキミと一緒に女の子との自由恋愛前提でナンパにいくから。」

「うちはナンパ講師によるナンパ実習がウリなの。ナンパを侮っちゃだめだよ。度胸もつくし臨機応変の態度も学べるし、気配りだって身に着くからね」

「ナンパはね、奥が深いんだよ。恋愛のきっかけのひとつとはいえ、お互いに第一印象勝負だからね。運命の出会いとなるかもしれないしね。街にあふれてるたくさんの女の子と、知り合いにならずにいるのって、もったいないでしょ?出会う機会は自分で作らなきゃ。待ってても出会いはないから。だからナンパは重要だよ!もちろん大人の恋愛だからね、最終段階まで行くこともあるかもね~。」

最終段階・・・。

ってことは、ひょっとしたら、今日にでも大人の階段を上ってしまっちゃったり、なんてこともあったりして。そんな邪な期待感に胸をふくらませ、今日は朝から気合がはいりまくりだ。当然勝負パンツも装着済みだ。

待ち合わせ場所で講師を待つ。 

ところが、指定された時間になってもその講師はやってこなかった。

塾長に電話をいれても「あ~、やっぱり・・・。ゴメンネ。もうちょっと待ってやって。」と言うばかりでらちが明かない。苛立ちながら待つこと一時間。 

ようやく到着したのは、ナンパという概念からはおそろしく遠い男だった。

多分3億光年くらい離れている。軟派というよりむしろ硬派。左耳に3連ピアス。これはまだいい。オシャレといえなくもない。しかしどうだろう。緑の短髪、広い額。とおった鼻筋にかたちのいい眉、目力のありすぎる切れ長の三白眼。眉間には力が入ってしわが寄っている。男前といえば男前だが、いくらなんでも男前すぎるのではなかろうか。 

男はサンジをあたまのてっぺんから足の先まで見分するかのようにじろじろと眺めまわした。なんだか落ち着かない。

しかし、この男は講師だ。この男からナンパテクニックを学ぶために今日はここにいるのだ。一時間も余分に待ったのだ。背に腹は代えられぬ。サンジは居心地の悪さをぐっと我慢した。

「お前が生徒か?名前は?」
「サンジ・・・です」
「俺はロロノア・ゾロだ。ゾロでいい」 

えらくぶっきらぼうだ。今まで出会った知り合いの中に、これほど愛想のない奴はいない。こんなんで女の子に声がかけられるのだろうか。

いやいや、でも電話で塾長が言っていた。 

「女の子は基本的にナンパに対しては警戒心を持ってるからね~。見ず知らずの男に対する純粋な警戒と、私はそんなに軽い女じゃないわよっていう見栄の部分でね。だから、相手の警戒心を少しでも減らすために、チャラい格好はダメだよ。清潔感アンドシンプルな格好で来てね。派手な格好だと、軽薄な男ねって女の子から相手にされなくなっちゃうから」

・・・ってことは、女の子に警戒心を抱かせないのはこういうタイプなのだろうか。どう見てもあの目つきは凶悪犯ぽくて近寄っちゃマズイ感丸出し、警戒警報鳴りっぱなしな感じがするけど。

しかし相手は恋愛プロだ。プロに言わせれば、これくらい固そうなタイプの方がいかにもナンパです、と思われない分いいのかもしれない。

サンジが心の中でとまどっていると「今日、何をやるか聞いてるか?」ゾロと名乗った男が聞いてきた。

「あ、あのナンパの実地講習って・・・」
「ああ、そうか。」

なんだよ、そうかって。聞いてねえのかよ。講師とも思えないその態度に一抹の不安を感じたサンジに向かって男はあっさりと言ってのけた。

「じゃ、始めるか」
「え?いきなり?ノウハウとか心構えとかないの?」
「実地だからな。まずお前の実力を見る。アドバイスはそれからだ。やってみろ」 

やってみろって言われてもなあ、と思いながらも、サンジは道行く女性に適当に声をかけてみた。

「すみません、レディ、今ちょっとお時間あります?」
「ごめんなさい、急いでるの」

当然のことながら、女子大生っぽい女の子はサンジのことを見もせずに足早に立ち去った。瞬殺だ。 

「ダメだな。まったくなってねえ」傍らで見ていた緑頭の講師が言った。
「急にやれって言われたって、できねえよ!」講師とはいえ偉そうな口調にムッとする。

「お前、今相手を選ばなかっただろ」
「選ぶ余裕なんてあるかよ!今すぐやれって言ったのはお前じゃねえか」
「ちゃんと選べよ。うちの塾長、第一印象が大事だっつう話をしなかったか?」 

確かに・・・。そういえば、そんな事を言ってたような?

第一印象で勝負とか、運命の出会いとかなんとか。 

「ろくに見もしないで適当に声をかけるから失敗すんだ。いいか。一目見て、第一印象でこいつをモノにしたい!というのを選んで声をかけろ。自分でこれだ、と決めた相手だったら気合いも乗って口説くのもうまくいく。その反対に、これでもいいか程度で声をかけたら、相手にもそれが伝わってうまくいかねえぞ」 

なるほど。一理ある気がする。

見た目の硬派度とは裏腹に、やはり講師だけあってなかなかいいことを言う。
サンジの心の中で相手に対する不安度が下がり、その分信頼度が少しだけアップする。

「じゃあ、手本を見せてくれよ」サンジが言うと講師は「おう」と心安く返事をした。

が、返事をしたものの講師は1ミリも動かなかった。 

(なにやってんだ、てめえ。手本をみせてくれるんじゃなかったのかよ。)サンジがイラっとし始めた頃、

「あの、おひとりですか?」と女の子がゾロへ声をかけてきた。小柄だけどOLっぽい雰囲気のなんだか綺麗な子だ。

サンジが成り行きに唖然としていると、ゾロはわりいな、今日は連れと一緒だから、とサンジをみやった。女の子はそうですかあ、じゃまた次の機会に、とかなんとか言ってかわいらしく手をふって去って行った。 

ゾロはサンジを見てニヤっと笑った。