その顔を見てサンジの怒りは爆発した。
「なんだよ今の!なんで断るんだよ!せっかくレディの方からありがたくもお声をかけてくださったってのに、ありえねえ!!」サンジがまくしたてると、
「『これだ』って思えなかったからな」と言った。言いやがった。とんでもねえ!
サンジの憤怒をものともせず、緑頭はしれっとした顔で通りを眺めながらそのままその場を動かなかった。
それから10分。緑頭は突っ立ってるだけなのに、女の子の方からどんどん声がかかる。そのうちの何人かは強引に携帯番号をヤツに渡して行った。
どういうこった…。
サンジが混乱していると「わかったか」緑頭がえらそうにサンジに向き直った。
「わかるか、ボケぇ!!」サンジはキレた。
わかったか、と言われても、てめえ何もしてねえじゃねえか。サンジが相手を罵ろうと口を開いた瞬間、緑頭が断言した。「これが、究極形態だ」
究極形態!
サンジは茫然とした。
古来、戦わずして勝つことは兵法の極意だという。つまりそれと同様、声をかけずしてレディとお知り合いになるのがナンパの究極形態…!
むかつく気持ちが消え去ったわけでもないが、目の前でみせつけられた圧倒的な究極テクニックにすっかり魅了された。何もしてないのをテクニックと言えるかどうかは別として。しかし黙っているだけでレディの方から声をかけてきてくれるなんて、魔法のごときスゴ技ではないだろうか。これは是非とも教えてもらわねば。サンジの相手に対する信頼度がぐんとアップする。
「少しは教わる気になったか?」
「おう」サンジはコクコクとうなずいた。
「よし」
そこで緑頭はにやり、と笑った。それが何かものすごく危ない感じの笑い方で、サンジはなぜだか生命の危機を感じた。背筋がぞくぞくし、お尻のあたりがむずむずする。
眉間にしわを寄せた凶悪な目つきの時よりも、笑顔を浮かべた今の表情の方が危険な気がするってどういうことだろうか。
本能的にサンジは後ずさった。
しかし相手の方が早かった。
次の瞬間、有無を言わさない力強さと素早さでサンジの腰にゾロの腕が回され、そのまま引きずられるように繁華街の奥へと連れ去られ。
気付いたらホテルのベッドの上に転がされて、わけのわからないうちに、緑頭にのしかかられた。
これはもしかして貞操の危機というやつではないだろうか。19年間守ってきたものが今風前の灯だ。守りたくて守ってきたモノじゃないけど。っていうかそもそも守る必要感じてなかったけど。今はなんとしてでも守りたい。
「待て待て待て」サンジは抵抗を試みた。
「なんだ」
「俺は、ナンパを指導してもらいに」
「実地講習に同意しただろが」
「いや、そうだけど。これ、おかしいだろ!」
「相手に考える隙を与えずに行動しないと好機を逃すことになる」
「なるほど」
確かに一理ある。
一瞬納得しかけて抵抗が弱まる。
その隙を逃さず、ゾロが力強い手でサンジのあごをつかみキスをしかけてくる。
サンジは渾身の力を込めて緑頭の顔を手でさえぎった。
「待て!待てって言ってるだろうが!」
「なんだ」
「俺は、ナンパを指導してもらいに」
「実地講習だ」
「なるほど…じゃねえよ!俺が男だって段階で間違ってるだろが!」サンジがわめくとゾロは動きをとめた。そしてやれやれ、という風にため息をつきサンジに尋ねた。
「お前、正しいナンパの心得3カ条、教わらなかったのか?」
「へ?」
「塾長が説明したはずだがな。
いいか。ナンパにも必要最低限守らなきゃならねえルールがある。それが正しいナンパの心得3カ条だ。
ひとつ、18歳未満お断り。ふたつ、据え膳お断り。みっつ、生娘お断り」
「はああ?」
「お互い、後で問題にならないようにな」
「それは一理ある・・・な」
「俺は守ってるつもりだが、念のため確認するぞ。お前は何歳だ?」
「19」
「よし(1)クリアだな。据え膳か?」
「据えてねえよ!」
「よし(2)クリア。処女か?」
「そもそもレディじゃねえし!」
「よし(3)クリア。オールクリアだな。問題ねえ」
「問題大アリだろうがあああ!」
激しく暴れて抵抗するサンジの頭の中を現実逃避の思いが去来する。
おれだってなあ、初めての日は好きな女の子と海の見えるホテルでロマンチックにとか、夜景のきれいな高層ホテルでムーディーにとか夢見てたわけだよ。恥じらう彼女の肩を抱き寄せて、甘い言葉をささやいて。
それなのに。俺が抱き寄せられてどうすんだよ。しかもこんな男に。男前だけど。ちょっと格好いいけど。キスうまくて気持ちいいけど。…第一印象、ホントは悪くなかったけど。ちょっとこいついいな、なんて思っちまったけど。
ゾロの手であちこち触られなでまわされ、肌と肌が触れ合うあたたかい感触をつい気持ちいいと感じてしまい、思いのほか熱心で情熱的なキスをうけているうちに、なんだか抗う気が失せてきてしまった。
それでも言っておきたいこともあるし、聞いておきたいこともある。
ささやかかな気力をふりしぼって話しかける。
「俺、彼女が欲しくて講習受けてんだけど」
「彼女は無理だが、彼氏なら今すぐできる。それで手を打て」
「会ったばっかりのヤツとホテル行くなんてありえねえ」
「心配すんな。多分、前世で会ってるから、出逢ってから100年は経過してるはずだ」
「会ってねえし経過もしてねえよ!どんな口説き文句だよ!」
ゾロは不思議そうにサンジを見た。
「お前、人の話を聞いてたか?
俺はお前を一目見て、こいつだ、と思ったからこうしてんだ」
・・・もういいいや。
サンジは抵抗をやめた。
そしてサンジには恋愛塾の無料講習で彼氏ができた。
が、未だに童貞だ。
end