万年筆

投稿者: | 2020年8月2日

拙宅へお越しいただきまして誠にありがとうございます。
さて唐突ですが。診断メーカーでお題が出てくるの、ありますよね。「さみしいなにかをかく」という診断メーカーで出てくるお題が、時折なかなかにツボで。たまには書いてみようと短いのを書いたのでたたんだ先に置いておきます。これゾサなのかな?って気もするのですがゾサということで。

お題:雨が十日続いた翌日の朝、万年筆の揃えの良い文具店で会いたかった人についての話をしてください。
#さみしいなにかをかく

さびれた街の通りのはずれ、古びた建物の扉を開けたのは、10日間降り続いた雨がようやくやんだ11日目の朝のことだった。空はまだ暗い雲に隙間なく覆われ、厚い雲の底は渦を巻き、その渦の中心のちょうど真下にその店はあった。

「いらっしゃいませ」
重たい扉の奥は薄暗い外よりも更に暗かった。
「何をお探しでしょうか」
慇懃な態度で店主が問う。

店は文房具屋だと聞いていたが、店主の前には重厚な造りの木のカウンタ―があるのみで商品と思しきものは何一つ見当たらない。ただよく見れば店主の背後の壁一面は格子状に整然と区切られ、四角に切り取られた小さな格子ひとつひとつに取っ手が付いている。おそらく商品が入っているはあの引き出しの中なのだろう。

何を探しているのか、答えは一つしかなかったがそれを口に出したことはなかった。

無言の客に対し、店主が言葉を変えて再度尋ねる。

「どなたをお探しでしょうか」

店主は淡々と続けた。

「ご存知でしょう、こちらへお見えになったからには。当店では、お客様が会いたいと願う相手に会うことが可能なのです。この世、あの世を問わず」

知っている。だからこの店を探し当てたのだ。

 

客の話を聞いた後、店主は背後の壁の引き出しの一つから中から万年筆を一本取り出した。差し出された万年筆は深い海の色をした軸に金色の繊細な細工が施されていた。それから告げる。

「その方のお名前を唱えながらこちらへお書きください」

 

―――あの時、呼べなかった名前を。口にしなかった三字を。

 

ペンを握りしめた客の左耳のピアスが微かにチリ、と鳴った。

 

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