更新『ケースクローズ』

投稿者: | 2018年8月15日

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さて、「ケースクローズ/ケースクローズド」という言葉があります。体は子供、頭脳は大人の名探偵が事件解決の時に口にすることで有名になったようですが、ワタクシのいる業界では割と普通に使う言葉でして「案件が完了した」「一件落着」という場面で使われます。それはさておき、以前『XYZ』というリーマンパラレル小話を書きました。部下ゾロと上司サンジさんのコメディで、ゾロの社会の窓をサンジさんが閉めるというものです。今回は、シリアス調で書いてみました。『XYZ』とは別の時間軸の2人ですが、リーマンで部下x上司であることに変わりはなく、やはりゾロの社会の窓をサンジさんが閉めています。ロロノアは閉めてもらうよりも、開けてもらう方が好きだと思うし、他人に開けてもらうのを待つまでもなく自分の窓もサンジさんの窓も率先して開ける側の人間だと思っていますが、ワタクシの天邪鬼な性質が、ロロノアが閉められる側という謎設定を書かせているような気がします。そんな謎設定の小話で、しかもギャグでもないという意味不明な話ですが、ご興味のある方は続きからどうぞ。

 

 

ロロノア・ゾロは直属の上司が苦手だ。軽い態度、安っぽい言葉、派手な外見。とにかく「軽薄」の一言に尽きる(ついでに言えば、体重も軽そうだし、体つきも薄っぺらだ)。こんな軽薄な人間がよくもまあ管理職になったもんだ、というのが2ヶ月前の人事異動で新しい部に配属されたときの第一印象だ。ゾロよりも長い間この上司について仕事をしているウソップという名の鼻の長い同僚が言うには、実際は、頭はきれるし上に媚へつらったりしないし責任感が強く頼りになるらしい。(しかし最後に必ず、からかいと親しみを込めて「あんなんだけどよ」と言う)。ウソップの人物評は信用できるが、かといってそれを無条件で鵜呑みにするほど、ゾロはお人よしでも素直でもなかった。世の中、右脳派と左脳派、つまり、感覚で物事をとらえるタイプと理論で物事を理解するタイプがあるというが、ゾロは間違いなく感覚派で、動物的ともいわれるカンに従って生きてきて間違いはなかった。その己の直感が、サンジという名の上司はやばい、危険だ、近寄るなと自分に警告している。だいたいあの顔はよくない。妙な具合に巻いてる眉には巻き込まれそうだし、見たこともない蒼い瞳には吸い込まれそうになる。煙草(オフィスは禁煙なのでデスクでは吸わないが、喫煙所や飲みの席などでは煙草が途切れることがない)をくわえた口元には、なんだか誘われそうになるし、迷惑極まりないほどまぶしい色の頭をみれば手をのばしたくなる。そんなわけで、ゾロは上司とは必要以上に近づかないよう、できるだけ距離をとることにしていた。

「ロロノア」
近寄りたくないとはいえ、仕事であれば近寄らざるを得ないことも多い。
「何でしょう」
「例の損害賠請求の件どうなった」
報告を求められ、資料をもって上司のデスクに赴く。
「保険会社のサーベイが完了し、書類も問題ありませんでしたから当初の予定通り保険金が入金されます」

何も見なくても報告出来る内容だが、細いフレームの眼鏡の奥のサンジの瞳があまりにも冷ややかで居心地が悪い。ゾロは目をあわせたくなくて資料に目を落とした。いつも軽薄すぎるくらい軽薄なのに、時折、こんな風に冷たく凄みさえ漂う表情を見せる。普段のいい加減な態度が偽りだとは思えないが、本当に薄っぺらうすで軽々しい人間が、こういう表情をするものだろうか。底の知れない得体の無さがサンジにはあって、それがゾロを落ち着かない気分にさせる。

「入金はいつだ」
「明日午前中の予定です。入金確認がとれたらご報告しようと思っておりました」

報告が遅いと咎められたわけではないが、気後れするような気分になって言わずもがなのことを付け加えた。

「別に、報告が遅いとは言ってねェよ」
サンジが苦笑して顔つきが少し和らぐ。そうすると、軽薄でもなく冷酷でもない、人好きのする表情となって、それがまたゾロを困惑させる。近づいたら危険なのは分かっているのに、何が危険なのかを近寄って確かめずにはいられない。矛盾した気持ちを抱えたまま、冷静を装って会話を続ける。

「入金が確認できましたら、本件ケースクローズとなります」
「そうだな……いや、そうかな」
一度は相槌を打ったサンジだが、否定的なニュアンスで疑問を呈す。

「何か問題が?」
問い返すゾロに、サンジは冷たい瞳のまま口元には艶然と笑みを浮かべた。それから、デスクの前に立っているゾロに向かっておもむろに身を乗り出す。一定の距離を保とうとゾロは後ろに下がりかけたが、サンジの右手がいつの間にかゾロのネクタイを掴んでいて、これ以上退けない。サンジの顔が近づいてきてゾロは内心焦りまくった。

「ちゃんとクローズしろよ」
内緒話をするようにゾロの耳元でサンジが囁く。サンジの低い声がゾロの鼓膜だけでなく体も震わせる。それから、サンジは左手で、空いていたゾロの社会の窓を器用に閉めると、言葉もなく呆然と立ち尽くす部下ににやりと笑いかけてみせた。

「一件落着だな。席に戻っていいぞ」

そう言って、金髪上司は何もなかったかのようにさっさと仕事に戻ってしまった。

一件落着どころか、大いに落ち着かない気分で取り残されたゾロは、自分の心の中にある何かの扉が開いたのを知ったのだった。

End

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